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人生の中で「自殺用品専門店」なんて怪しげな店に足を運ぶことになるなんて思いもしなかった。しかしこんな所へ来るまで堕ちたのは全部自分のせいなのだ。


「いらっしゃいませ、お客様」

店の扉を開けて出迎えてくれたのはスーツ姿の若い女の子だった。女子高生くらいに見える。

「君が店員さん?」
「はい。わたしお客様相談係のナマエと申します」

歳の割にははきはきとしていて敬語もきちんとしていて、接客態度も申し分ない。ふくふくとした笑顔も愛嬌がある。しかし働いている場所が場所なだけに思わず眉間に皺が寄った。

「君みたいな子が自殺専門店なんかで働くなんて…世も末だね」

親御さんは心配しないのかい?
私が聞けば、ナマエはうふふと口に手を当てて上品に笑った。

「お優しいんですねお客様。ですがわたしのことはお気遣いなく」
「お気遣いなく…って、可笑しいだろう。こんな物騒な店に未成年がバイトだなんて」

笑とは反した素っ気ない言い草に少しムキになって言い返してしまった。娘と同じ歳くらいだからだろうか。余計な情が傾く。
しかしナマエは少しも動じない様子で笑顔のままかくんと首を傾げた。

「可笑しいのはお客様も同じでしょう?」
「……?」
「そんな“物騒な店”に来客として来ているのですから」

ふっとナマエの目が糸のように細まったのが酷く不気味だった。瞬間、相手はただの女の子な筈なのに怯えて動けない自分がいた。彼女の中身にただならぬ別の生き物でも巣食っているのかという得体の知れなさを感じたのだ。冷や汗が首筋に伝うのが分かった。

「さて、今日はどのような自殺をお望みですか?」

やんわりとした口調。その瞬間に嫌な雰囲気は一気に打ち消された。あまりの唐突な変化に自分は暫く彼女の問いに答えることが出来なかった。「どのような自殺を、お望みですか?」と再びナマエがゆっくりと繰り返す。私はお亀の面のような白い顔を警戒しつつ睨みつけ、生唾を飲み込んだ。

「自殺と思われぬように死にたいんだ」

ナマエはほうほうと興味深そうな、面白がるような様子で頷いた。その反応は些か癇に障ったが、ぐっと堪えた。

「変人だと思われるだろうが…」
「いいえ、変だなんてそんなことありませんよ」
「は、」
「保険金、ですね?」

ぴたりと目的を言い当てられた私は思わず固まった。図星だった。

「自殺ですと警察の捜査で断定されるまで二年…。かなり時間がかかりますからねぇ、お金はすぐ御家族の手元へは渡らない」

家族がいることも言い当てられ、私はますます動揺を隠せなくなった。一歩、後ずさりしてしまう。

「しかし逆に自殺ではなく他殺を思わせる死に方をすれば真っ先に疑われてしまうのは御家族…」
「おい…ちょっと口が過ぎるぞ」
「事実でしょう?だからお客様は“自殺とも他殺ともとられない自殺”をしたい……ですよね?」

片手で金のジェスチャーをしたナマエがにんまりと笑いかける。
私は爪が掌にくい込むほど拳を握り締めた。

「私は小さな会社をやっていたんだが…、その会社が倒産してから火の車なんだ。家内は朝から晩までパートで働いて、それでも娘の学費だって満足に払えて無い」
「そこで、お客様が自殺なされば保険金が御家族の手に渡ることになる」
「……私は自分に三千万ほど生命保険をかけてある。とにかく今ある借金くらいは返済できるはずだ」

なるほど、なるほどとナマエは頷くと半身を捻って背後を振り返った。

「だそうですよ、角都さん」
「よくある一般家庭の話だな」

いつから潜んでいたのか、ナマエの背後から長身の男がぬっと姿を現した。黒いざんばらの長髪、口元を覆うマスク、喪服のようなスーツ姿。なんともいえない威圧感を放つ男に私は思わず肩をすくめた。

「こちら、感電死・練炭自殺…そしてなんといっても偽装自殺のプロの角都さんでーす」
「その巫山戯た口を閉じろナマエ」
「あはは…すみません」

角都という男に睨みつけられたナマエはそっと後ろへ退る。男は私を見下ろすとふんと鼻を鳴らした。

「病死が妥当だな」
「え…?」
「塩化カリウムを渡そう」
「塩化カリウム…?」

耳慣れない名前をいきなり言われて思わず私は聞き返した。

「塩の一種だ。アメリカなんかでは死刑執行に使われてるもので、原液を静脈に注射すれば体内の塩化カリウムが極端に増えて急性心不全を起こす」
「つまりそれで病死に見せかける…と?」
「そうだ」

しかしそんなにうまくいくのだろうか。
高額な生命保険をかけていた私がいきなり不審死すれば、保険会社が徹底して調べるに違いない。
自殺なのか病死なのか、病死だとしても死因は何なのかとか…。

「お前が死んだ後の死亡診断書や死亡検案書は俺がうまく偽造する」
「へ…?ぎ、偽造って…」
「バレなければ問題ない。……無難に脳動脈瘤破裂によるくも膜化出血とでも書いておくか」

普通の健康診断ではまず分からん。
動揺する私を無視してそう呟きながら角都はスーツのポケットから手帳を出して何やら書き込んだ。
彼がどんな手を使って私の死を偽造するのかは分からないが、法に触れる行為だというのは確かだった。

「い、良いんですか?それって犯罪じゃ…」
「自殺を偽装しろと注文したのはお前だ。今更何を言っている」
「………っ」
「女房と子供に金を残したいんだろう」

そうだ。何を今さら細かいことを気にする必要がある?私には死んで金を残すことしか家族にしてやれることなんてないじゃないか。
私は男の言葉に項垂れるように頷いた。





「では、お客様こちらの契約書にサインをお願い頂けますか?」

会計を済ませるとそう言ってナマエは一枚の紙をボールペンと一緒に差し出してきた。
『アカツキ自殺用品専門店で商品をお買い上げされたお客様への禁止事項。
一つ、購入された商品を自殺以外の目的での使用。
二つ、商品の返品、または自殺の中止(三日以内に自殺を実行できないお客様はアフターサービスに伺わせて頂きます)』…と何やら注意事項のようなものが書かれていた。

私が渋っていると、ナマエは「当店の信頼と安全上、お客様には書いて頂く規則になっておりますので」と言った。私はしぶしぶそこにサインをした。


「お買い上げありがとうございます。お客様の安らかな旅路と御家族様に慶福が訪れることを願っております」

さようなら。
そう言って見送りをしたナマエの顔は相変わらず笑みを形作っていた。







数ヶ月後。アカツキ自殺用品専門店には一人の客が訪れた。中肉中背の歳のいった主婦らしい女性であった。

「死にたいんです。でも、娘を一人残していくのは不安で…」

覇気のない雰囲気の窶れた女はため息を吐いた。ナマエは女性の顔をまじまじとしばらく見つめ、安心させるような声音で言った。

「お嬢様に保険金を残すのはいかがでしょう?自殺を偽装し、自然死に見せかければ容易く可能ですよ」
「お金…ですか…?」

女性はやや怪訝そうな顔で首を傾げる。対してナマエは片手で金のジェスチャーをして微笑んだ。
するとその背後から角都が音もなく現れた。

「お前が死んで命と引き換えに娘に残してやれるものは金ぐらいだろう。違うか?」
「………」

角都の言葉に女性はしばらく無言だったが、やがて大人しく頷いた。

「待っててね、あなた…すぐ逝くから…」

女性はそう、小さく呟いた気がする。



客が了承したのを確認すると、角都とナマエは顔を見合わせた。

「お金では幸せは買えなかったようですよ?角都さん」

ナマエが笑いかける。どことなく嫌味な雰囲気で。
しかし角都は肩を竦めて視線を外した。

「額が足りなかっただけだろう」


それはあまりに笑えない冗談だった。




『墓場は、一番安上がりの宿屋である。』
ラングストン・ヒューズ


20150107

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