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「アカツキ自殺用品専門店」
いつからかその店の名前を耳にすることが多くなった。名前の通り、自殺をするための道具を売る店だという。
ネットで試しに検索してみると2ちゃんのオカルト板などの怪談ばかりが出てきた。「洒落たカフェみたいな外観をしている建物」だとか「○○市の××区××通りのどこかに存在する」とかいう店の詳細もあったが、「店員は人間じゃない」とか「契約書を書かされて約束を破れば黄泉の国に連れて行かれる」とか明らかに胡散臭い情報もあった。
しかし僕はそんな都市伝説にでも縋りたかった。どうしても死にたかったのだ。





「いじめ、ですか」

珍しくはないですよ、最近多いですから。
自殺用品店の店員は僕の上靴を履いた足元にちらりと目をやって微笑む。「ナマエ」と手描きの字で書かれたネームプレートを首から下げた女の店員だった。
特に美人というわけではないが愛嬌のある笑顔はお多福みたいで可愛い。しかし店に入って早々いじめと見抜かれていい気分はしなかった。

「未成年のお客様に多い動機の一つですね」
「そう…ですか」
「昨日も五人ほどいらっしゃいましたっけ」
「……」

昨日の晩御飯はなんだっけとでも言うようにナマエさんは首を傾げてみせた。
自殺者のことを軽んじるような態度に不安と不気味さを感じた。ボロボロの鞄を持つ手に汗が滲む。

「さて、今日はどのような自殺をお望みですか?」
「どのような…って…」
「えぇ、どんなに曖昧でも構いませんよ。焼身自殺、首吊り、練炭自殺、飛び降り、服毒、溺死エトセトラエトセトラ…。ここにはあらゆる限りの自殺の方法が揃っていますから」

にっこり笑いかけられて、やはりこの店員はちょっと人間的におかしいんじゃないかと思った。しかしその反面、言葉が妙に頼もしく思えてしまった。

「………自殺の方法はなんだっていいんです。なんなら、レジ袋被って死ぬのでも良い」
「ほぉ…」
「僕はただ、他の人間に僕がなんで自殺したのかを知らせたいんです。僕をここまで追い詰めた奴らに制裁を加えたい…!」

ボロ雑巾みたいな上靴のつま先を睨みながら僕は訴えた。言葉を紡ぐだけで脳裏には虐めてくる学校の奴等の顔が浮かんでくる。ふつふつと胸の内から憤りが湧いてくるのが分かった。

「なるほど、承りました。つまりお客様がいじめを受けていたという明確な証拠を自殺と共に残したい…と」
「そうです」
「では遺書が適切でしょうねぇ。ただお客様にも少々ご協力頂かなければいけませんが…」

ナマエさんはそう言うと店の壁際にある机の前に座らせた。ステンドグラスのような窓から色とりどりの光が机の上に落ちている。上等そうな木の机の上には数本のペンと便箋が用意されていた。
ナマエさんは少々お待ち下さいね、と離れると数分して何やら別の店員を連れて戻って来た。モデルのようにすらりと細く、美しい顔をしたショートカットの女の人だった。ナマエさんと同じスーツ姿だがこっちのほうが正直言ってよく似合っている。

「遺書担当の小南。宜しく」
「こちらの小南さんの指示に従い、お客様にはこれから遺書を作成してもらいます。大丈夫です、すぐに済む簡単な手続きですから」

そう言って僕はナマエさんにペンを握らされた。目の前に座った小南という人は胸の前で指を組んで「じゃあ」と口を開いた。

「まず自分が加害者だと思う人間の名前をフルネームで。学校名、クラス、出席番号も」
「え、」
「早く」
「は、はい」

慌てて書き出した。最初は三、四人くらいしか書き出せなかったが、「陰口、傍観もいじめよ」と言い含められて憎い奴の名前を書き足した。最終的に十人ほどに名前は増えた。

「じゃあ次は受けたいじめの内容をできる限り詳しく文章にして書いて」
「詳しく…ですか…」
「えぇ、事細かにね」

僕は渋々ペンを握って紙に向かった。
『殴られる、蹴られる』から書き始めた。しかしすぐに指摘をされる。

「どこを?暴力を受けた身体の部位も。道具で殴られたならそれも」
「はぁ…」

慌てて書き直した。
しかし書いているだけで僕にとっては苦痛でしかない。嫌なことを事細かに文章におこすなんて自分の古傷を自分で抉るようなものだ。
三行ほど書いたところで手は止まってしまった。もっとひどい仕打ちは沢山受けたはずだった。だがそれらは人目に晒すことなどできない羞恥の事実ばかりで僕は躊躇った。
僕の手が止まったことに気付いた小南さんは整った眉をひそめた。

「もっとある筈よ、アナタが受けた仕打ちは」
「これ以上は…ちょっと…」
「気持ちは分かるけど、書くのよ。そうしなければこれは成り立たない」

無表情に冷たい声で突っぱねられ、思わず癪に障った。なにが気持ちは分かるだ、こんなのただ辱めたいだけじゃないのか。

「わざわざこんなこと書かせて…なんなんですか?意味あるんすかこれ」

目の前の女を睨みつけながらペンを置いて訴える。後ろでナマエさんがまあまあと宥めようとする甘ったるい声がしたが無視した。
小南さんの方は組んだ指を解くこともなく、相変わらず人形のような無表情のままだった。しかし暫く沈黙が続いてやっと口を開く。


「いじめというのは加害者側は自覚が無いものよ」
「……」
「だからはっきりと明確な遺書が無い限り有耶無耶にされ、アナタが自殺したとしても皆すぐ忘れていくわ」
「!?」
「他人の死なんてそんなものよ」

冷たい橙色の瞳に見据えられ、僕は思わず息を飲んだ。目の前がぐしゃりと歪んだ。
小南さんのマニキュアを塗った長い指が遺書をこつこつと叩いた。


「報復したいのなら、ここに全て暴露しなさい」

その言葉で、目が覚めた気がした。
そうだ。僕は何を甘いことを今更口走っているんだ。ここまで僕を追い詰めたのは、学校の奴らだ。僕は何も悪くない。悪いのは全部あいつらだ。
僕は改めてペンを握りしめ、紙に殴り書きのように受けた仕打ちの数々を書いていった。
「プールに沈められる」「生きたまま虫を食べさせられる」「上靴を隠され捨てられる」「窓から荷物を捨てられる」「机と椅子に落書きされる」「股間を蹴り上げられハサミで皮を切られる」「食べた弁当を無理やり吐かされて吐瀉物をまた食べさせられる」
一部だがこれだけの行為を書き連ねていたのを僕は覚えている。
気が収まるまで小南さんは僕に告発を書かせてくれた。

思いつくことがもう無いというところまで書き終わった後、小南さんは紙を受け取った。

「この遺書は、ネットに掲載しても良いかしら」
「……それで、僕をいじめた奴らを追い詰めるんですね?」
「ネットは現代社会において一番の情報媒体。いじめの加害者だけではない、加害者の保護者、学校も陥れることが可能」
「陥れる…」
「最近いじめは危惧され、すぐマスコミも世間もヒステリックに騒ぎ立てるからすぐに問題になるでしょう。…陥れるなら徹底的にね。」

僕は深く頷いた。
小南さんはそれを見ると傍らについていたナマエさんにデジカメで写真を撮らせた。
パシャリと明るいフラッシュ音が響いた。





支払いを済ませた後、なんだか腹の底を吐き出し尽くした僕をどっと疲労感が襲った。椅子にもたれかかるとギシッ軋む音が聞こえた。

「失礼致しますお客様、こちらにサインを頂けますでしょうか」
「え、」

いつの間にか歩み寄って来ていたナマエさんが僕の前に1枚の紙が差し出された。
金縁がされた上質そうな紙。

『アカツキ自殺用品専門店で商品をお買い上げされたお客様への禁止事項。
一つ、購入された商品を自殺以外の目的での使用。
二つ、商品の返品、または自殺の中止(三日以内に自殺を実行できないお客様はアフターサービスに伺わせて頂きます)』

そう二つの項目が印字されていた。

「これって?」
「当店御利用の際の契約書です。お客様には必ずサインして頂くことになっております」
「……死ぬの前提で来てるのに破る客なんているんですか?」

紙に名前を書きながら僕が聞くと、ナマエさんは相変わらずにっこり笑って頷くだけだった。

ただなんとなく、今までで一番厭な笑顔をしていた気がした。







「あの中学生のお客様の自殺沙汰、すごいニュースになってますよ小南さん」

ネットで加害者の顔写真も晒されて大炎上ですよ。
呵呵大笑しながらパソコンに食いつくナマエ。小南は隣で書類を片付けながら無言だった。

「学校も加害者含む家族もPTAやらマスコミやらに吊るし上げられて大変でしょうにね」

少しも同情の様子さえ見えない晴れやかな笑顔のままナマエは振り返った。


「これで加害者の一人でも罪の意識に耐えきれなくなって自殺……なんてしたらとても良いシナリオですね」

暫く沈黙が二人の間に流れた。
瞬間、小南の長い睫毛に縁どられた瞳がほんの少しだけ細まる。

「そこまでがあの客の望みだもの」




『このところずっと、私は生き方を学んでいるつもりだったが、 最初からずっと、死に方を学んでいたのだ。』
レオナルド・ダ・ヴィンチ



20150118

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テーマ「人外ファンタジー」
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