「嗚呼、どこかで見たお顔だと思ったらお客様よく昔映画やテレビで出ていましたね!」 アイドル時代! 私が一番嫌いな台詞を店員の女の子が笑顔で吐いた。首からかけたネームプレートには「ナマエ」と手書きの文字で名前が書かれている。平凡な名前。平凡な女のくせに。 「最近テレビでお見かけしなかったからどうなさったかと」 「どうだっていいじゃない。それより私死ににきたの、手っ取り早くね」 「そうでございましたね。失礼致しました、わたしったら差し出がましいことをお聞きして」 にこにこ笑いながら謝罪しているが、ちっとも反省していないように見える。わざとらしいったらありゃしない。 これだから最近の若い娘は嫌だ。デリカシーってもんがないんじゃないかしら。 自殺用品専門店。噂には聞いていたけど本当にあるとは思わなかった。うちの使えないマネージャーが怪談みたいに話してたからどんなお化け屋敷かと思ったけど、外観も内装もお洒落なカフェみたいだ。「自殺」って重苦しい単語が良い意味で似合わない。 私が女優として成功してたら、こういうセットで月9ドラマの撮影でもしてたんだろうか。 「お客様、では服毒自殺というのはどうでしょう?」 「…ああ、ぼーっとしていたわ。…毒?」 ぼんやりしていたところをナマエという女にいきなり話しかけられ、慌てて聞き返す。 女はこくりと頷いて店内の奥へ私を促す。 「服毒といいましても毒物や劇薬だけでなく、一般の薬局などに置いてあるような薬物でも死ぬことができるのでそんなに堅苦しくありませんよ」 「はぁ…」 「かのマリリン・モンローの死因も睡眠薬の大量服用による急性バルビツール中毒でしたしねぇ…。だからでしょうか、最近若い女性のお客様なんかに人気なんですよ服毒自殺」 人気って…。ようはそれで死ぬ人間が多いということでしょう?不謹慎すぎる冗談だわ。 ……しかし大女優の話をもちかけられて悪い気はしない自分がいた。まるで自分がそうだと言われているようで。 「サソリさん、こちらのお客様が服毒自殺をお望みだそうです」 店員に案内された先は薄暗い倉庫のような場所で、一人の人間が黙々と棚に向かって作業をしていた。サソリと呼ばれたその人は気怠そうに振り向く。黒のスーツを着た、赤毛に目鼻立ちの整った少年だった。首から下げたネームプレートには名前と一緒に「服毒(服薬)・ガス自殺売り場担当」と書かれている。 勿体無い顔だ、芸能界入りしたら若い女性に人気が出るでしょうに。 「なんだよまた女か。いい加減飽きたんだが」 「サソリさん、お客様の前で失礼ですよ」 「…で、具体的にどういった薬品を使いたいとかはないのか?」 ナマエの言葉を無視して私にそう聞いてくるサソリという店員。従業員にしてはえらく横柄な態度に、思わず眉間の皺が寄るのが分かった。文句をつけてやりたいところを必死に抑える。 「どんな薬品って…詳しく知らないから分からないわ。……強いて言うなら一発で楽に」 「楽に死ねるなんて思ってるんなら他所をあたるんだな、大根女優さんよ」 「!?」 思わず声をあげそうになる。しかしすかさずナマエがまぁまぁと間に入られて制された。サソリのほうは全く動じずに無表情のままだ。 「楽に自殺できるだなんて考えていたら大間違いだ。服毒自殺なら尚更だ。食道に灼けるような苦痛、薬を嘔吐しようとする生理的反射を堪えながら喉を掻き毟り…、そうして初めて死ねる」 「………!」 「その苦行を乗り越える覚悟があるか?」 挑発するような琥珀の瞳で見据えられ、私は唇を噛み締めた。マニキュアを塗った爪が掌に食い込むほど拳を握りしめる。 「当たり前じゃない!アイドルから女優に転身した途端、めっきり仕事が無くなって…。もう嫌なのよ!このまま老いて、誰からも忘れ去られて死んでいくのは!」 「ほぅ…」 「だから今、シワだらけになる前に私は死にたいの、世間のアイドルだったころの面影を永遠のものにするために…」 気づいたら全てを吐き出していた。どうしようもない理不尽や苦しみに自然と涙が滲んだ。 「永遠、か。良いだろう、気に入った」 店員の声に思わずつっと顔を上げる。 態度を一変して少年は口角を吊り上げて笑っていた。美しいが、どこか不気味な色を含む笑みだった。 「これを使え。カプセル一粒をアルコールで流し込むだけですぐ逝ける」 渡されたのは小さな瓶に入ったカプセルだった。きっと毒薬の類だろう。私は頷き、それを無言で受け取った。 するとナマエが横から「失礼致します」となにやら紙を差し出してくる。 「お買い上げして頂く前に二つ禁止事項があります。これはその契約書でございます、お客様」 手に取って見れば『アカツキ自殺用品専門店で商品をお買い上げされたお客様への禁止事項。 一つ、購入された商品を自殺以外の目的での使用。 二つ、商品の返品、または自殺の中止(三日以内に自殺を実行できないお客様はアフターサービスに伺わせて頂きます)』と書いてあった。 わざわざ自殺を選んで来る客に必要な禁止事項なのだろうか? 私は疑問に思いつつ、契約書にサインをした。 「お買い上げありがとうございますお客様」 安らかな死への旅路を。 少女は貼り付けたような営業スマイルで契約書を受け取った。 * 『元人気アイドルで女優の×××××さんが今日未明に自宅で死亡しているのが見つかりました。死因は毒物によるものと見られ、現場には遺書が残っていたことから自殺と考えられています』 自殺用品専門店の液晶テレビからは朝から人気アイドルの自殺を報じるニュースが流れていた。ナマエとサソリは昼餉のカップラーメンを啜りながらそれを眺めている。 「あの女性のお客様うまく亡くなられたようですねぇ、よかったよかった」 「マスコミもネットも自殺騒動で大騒ぎだな。干されてた元アイドルが返り咲いたってことだ」 「一躍有名人にもなって一石二鳥とはこのことですね」 二人の間に広げられた週刊誌には『元アイドルの自殺!波乱の生涯に迫る!』と大袈裟な見出しが大きく書かれている。 「これで一週間くらいは昼飯時のワイドショーで退屈しなくて済むじゃねぇか」 「そうですね、わたしたちも得してしまいましたね」 ずるずるとカップラーメンを啜りながらもナマエの笑みは崩れない。 「まぁ…一週間後にはすぐ飽きられてしまいそうですが」 喧しい民報ニュースからNHKの教育テレビにチャンネルは変わった。 『幕を降ろせ、喜劇は終わった』 ラブレー 20141103 |