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「いらっしゃいませ、お客様」

重厚な鉄の扉を開けた途端、ドアベルと共に私を出迎えたのは女の子の声だった。俯いていた顔を上げれば目を細めてにこにこ笑う丸顔と目が合う。

「わたし、お客様相談係のナマエと申します。今日はどのような自殺をお望みですか?」

丁寧な口調には似合わない物騒な質問に思わずぎくりと固まってしまう。
そうだった。ここはただの店ではないのだ。「アカツキ自殺用品専門店」。ネットや口コミの噂では何度も聞いていたが、まさか本当にあったとは思いもしなかった。


日本における自殺者数は他国と比べ未だに大きい値であり、10万人あたりの自殺率は世界平均の12.4人と比べ、日本は20.9人であった。悪性腫瘍、心疾患、肺血管疾患、肺炎、不慮の事故に続いて日本人の主な死因に自殺がくる。今現在、15分に一人が自殺しているのだという。

そんな中、いつからか自殺用品の店の噂がネットや口コミで広がるようになった。ほぼ都市伝説のようなものだったが、40半ばにもなって大人気ないと思いながらも店を探した。そして辿り着いたのがここだった。

外観は赤レンガ造りの洋風の建物で、まるでおしゃれなカフェか何かのようだった。
店の中はといえば、上から吊るされた橙色の灯を放つシャンデリアで照らされて明るく、自殺なんて単語が似合わない程であった。広い部屋の壁は一面が棚になっていて、瓶や箱やら物で埋め尽くされている。客は私の他にも二、三人くらいが店内を物色しながら陽炎のように漂っていた。

「どのような自殺…といわれても…考えていなかったなぁ」
「では、ポピュラーに縊死はどうでしょう?手軽でお値段もお安くなっておりますよ」
「首吊りかぁ」

思わず自分の首を摩る。ナマエという女の子はすかさず「イタチさーん」と店の奥に向かって誰かの名前を呼んだ。
しばらくすると、店のカウンターから黒髪の青年が姿を現した。端正な顔をしていて、黒のスーツ姿がよく似合っている。まるでテレビに出てくる俳優のようだ。

「首吊り・焼身用品担当のうちはイタチです。お客様は縊死をお望みですか?」

落ち着き払った声で表情一つ変えずにイタチという男は私に問うた。私がええまぁと頷けば、イタチは手慣れた様子で近くの壁の棚を開けて何本ものロープを出した。
その中でも細いもの、太いもの、化学繊維、天然繊維、黒い色、赤い色…とバリエーションに富んでいる。首吊りと一口にいってもこれだけの種類があるのかと驚いた。

「当店には50種類以上の縊死用品がありますが、どれに致しましょうか?」
「これだけあると…迷いますね」
「当店お勧めはこちらのナイロン製のロープですね。衝撃にも強いですし、首を吊った時に切れにくいので安心して死ぬことができます。
またドストエフスキーの小説にもありますが石鹸水を塗って縄の滑りを良くすることで、円滑に縊死することが可能です」

淡々と首吊りロープの説明をするイタチに薄ら寒さを覚えながら、私は勧められたそれを買うことにした。ロープのことなんて分かりゃしないんだ。途中で死ねないなんてことにならなきゃそれで良い。

「お会計三万五千円となります」
「……ロープって、高いんですね」

会計ではははと苦笑いしながら財布を開けば、イタチがつっと私の方を向く。なんだ、一体。まずいことでも言っただろうか。

「もう死ぬ貴方がお金の心配なんてしてどうするんです?」
「……そりゃあそう、か…」

はっきり言われてしまって私はぐうの音も出なかった。今までの自分だったら「もう死ぬんだから」なんて言われたら不謹慎極まりないと怒っているところなのに、当たり前のように納得してしまった自分に驚いた。
やはり私は心の内からもう自殺することを決めているのだ。

「お客様、ではお買い上げの際にこちらの契約書にサインして頂けますか」
「えっ、なんですかこれは」
「当店にはお客様に必ず守って頂かなければならない規則があります」

イタチは金で縁取りされた上質そうな紙を差し出してきた。そこには二つの事項と名前を書く欄が印刷されている。

『アカツキ自殺用品専門店で商品をお買い上げされたお客様への禁止事項。
一つ、購入された商品を自殺以外の目的での使用。
二つ、商品の返品、または自殺の中止(三日以内に自殺を実行できないお客様はアフターサービスに伺わせて頂きます)
以上の規則を守り、安心安全な心良い旅立ちができますよう願っております。』

そんなことが書かれていた。なるほど、自殺用品を買ったからには自殺の有言実行というわけか。…しかしこの「アフターサービス」とはなんなのだろうか。自殺すると決めている私には関係ない話だが…。
私は即座にその書類にサインをした。

「お買い上げありがとうございました。さようなら」

イタチに見送られ、私は店を出た。家に帰って早速準備をしなければ。
無駄に豪華で洒落た紙袋を大事に抱えながら私は帰路へと急いだ。





「あのサラリーマンのおじさんも首吊りでしたね。今週で15人目です」

やはり男女共に人気が高い死に方のようですねぇ。ナマエはロープを片しているイタチにそう声をかけた。慣れた手つきでロープを棚へしまっていくイタチの横顔はひんやりと冷たい雰囲気を纏っている。

「ロープによる斜め圧迫により、脳への血液の流れが止まり、そのまま脳が酸欠状態になり失神。首吊り後は失禁し、男性なら射精。舌も眼球も飛び出し、二目と見れぬ形相になり、身体中の体液が垂れ流し状態になる」
「普通だったらしたくありませんよね。そうまでして人は死にたいのでしょうか?」

つらつらと首吊りの説明を述べたイタチにナマエは首を傾げた。
がこんと棚を閉める音が響く。イタチはゆっくりとナマエを振り返った。濡羽色の髪がさらさらと美しく揺れる。

「人が死ぬのに理由なんて無い方が多いのかもしれない。ふとした瞬間に此の世が厭だと思ってしまったら最期だ」

微かに憂いを帯びた瞳を伏せる。男にしては長い睫毛が影を落とした。
ナマエは暫く黙っていたが、少し間を空けて微笑みの表情のまま頷いた。



『死ぬということは、生きているよりいやなことです。 けれども、喜んで死ぬことが出来れば、くだらなく生きているよりは幸福なことです。』
谷崎潤一郎


20141031

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