番外編 | ナノ

▼喜びに盲目になってろ

醜くて生きているだけで害悪な私が、他人を喜ばせることができる手段の一つに料理が挙げられる。
見世物小屋でこき使われていた時代に料理も手伝わされたため、それで覚えたのだ。作れるレシピは数少ないが味にはそこそこ自信があった。

「なんか腹減ったんだけどよォ、お前ってなんか料理できんの?」
お昼の時間はとっくに過ぎたというのに、マジェントさんはぐしゃぐしゃにした新聞から顔をあげて聞いてきた。
私は暖炉の灰を掻き出していた手を止める。彼の骨筋張った青白い手に見惚れていたので、返事がワンテンポ遅れた。
「はぁ、簡単なものでしたら…」
「例えば」
「スープとか」
「へぇー、じゃあ作れよ」
その言葉ひとつで私の行動は決定される。

スープといっても私が作れるのは冷たいジャガイモのスープだけ。謂わばビシソワーズだ。
「こんなクソ寒い日に気の利かないヤツだなァ」と最初はぶつぶつ言われたものの、三口ほど口にすれば「美味い」と褒められたから私は舞い上がるくらいに嬉しかった。
でも、すぐにそれも裏切られる。「味が薄い」と無造作に胡椒とタバスコを大量にスープの中へ入れられた瞬間、膨らんでいた風船が萎んでしまったように気落ちした。決してそれを表に出すことはしないが。
彼にとってはこの食べ方は正解なのだから、私が横から食べ方について口を挟む権利は無い。唇を軽く噛み締めながら耐える。
真っ白だったスープは赤黒く変色してしまって、なんだか生活排水のように思えて気持ちが悪かった。
それをマジェントさんは皿から直に口を付けてずるずると音を立てて啜る。この人はマナーというものを知らない。それだけで差別してしまうのはいけないことだが、どうしても気になってしまう。折角の手が汚れてしまうのは勿体無い、と少し憤りたくもあった。
しかしどうにもならない重苦しい不快感を抱えながらも、私は彼の食事風景から目を離そうとはしない。むしろ食い入るように見つめていた。
私の作った料理を汚して喰らうその様が好き。私自身を汚されてるみたいで。
背中がぞくぞくするくらい嬉しい。咽ぶくらいの興奮にスカートの裾を握りしめて耐える。
この、苦痛にのめり込んでしまう感覚はいつも虐げられる時のものに似ていた。
最後の最後に彼が皿を舐める。真っ赤な長い舌と白い陶器皿のコントラスト。
その仕草を見ていると思わずつぅっ…と唾液が伝う。いつの間にか口が半開きだったのにも気づかなかった。
「おかわり」
クロスで口を拭う彼に臓腑を食い尽くされる幻を視た。

- 6 / 8 -


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -