*リンゴォ♀と

奇妙な西洋女の夢が2回続き、これはただの偶然ではないと不思議に思った。が、それよりも妙に弾んだ気持ちが勝っていた。
私は人肌に飢えていたのかもしれぬ。親とも離れて暮らし、親しい友人もこれといっていない。人付き合いは下手な人間だが、だからといって寂しさと孤独を感じないわけではないのだ。それ故、夢であったとしても一時でも他人と会話を交わすことは楽しかった。
しかし何故、彼女達は私を知っているような口ぶりをするのだろう。それに「私が望んだ」という言葉もひっかかる。
所詮は夢のことであるから、そう深くは考えずとも良いとは思うが…。



「そんなところで寝ては風邪をひく」
華やかに澄んだ声とともに揺さぶられ、私は思わず目を覚ました。目を覚ました筈なのだが、私はまた夢の中にいたようである。傍らに西洋人の婦女がまた座っていたからだ。
私は驚きで目を見張る。女は全てが白色で構成されていた。肌は透き通るような色白で、髪の毛もきらめく銀白色、革素材の上下真っ白な服をぴったりと肌に着けている、手には牛革の黒い手袋をしていた。
此度の女はまた一段と器量良しだった。しかし決してけばけばしくない、清楚な女性だ。華で喩えるなら白百合か月下美人といったところか。しとやかなる内に仄かなる色香を讃えた幽艶な美人である。
私はそれを見るだけで、もうなんとなく胸がときめいて、どうというわけでは無いのに、ただ嬉しく、そわそわして、頬が火照っていくのを感じた。
先生、ともう一度彼女は私を呼んだ。焦って、はい、と答えた声が思わず裏返る。
「なにか羽織るものでも持ってこようか」
「あ、うん、そうして貰えると嬉しいな」
「分かった」
浮ついた心地のまま頷けば、彼女はすっと立ち上がる。自然と、すっきりとしたパンツルックの長い脚に目を奪われてしまう。彼女はそのまま襖を開け、隣の部屋へと一度消えた。暫くして戻ってきた彼女の手には箪笥にしまわれていた若草色のカーディガンがあった。
彼女はそれを私に羽織らせる。つつ…っと白く細長い指に肩を撫でられると、身体を思わず硬直させてしまう。美しい彼女の空気にあてられて、どうも感覚が馬鹿になっているらしい。
胸がドクドクと五月蝿い。
……なンだ、まるで思春期の男子のようではないか。しかも同性相手に何を疚しい感情を抱いているのだ私は。
不埒な自分の頬を内心ひっぱたきながら冷静さを取り戻す。
「ありがとう」
「布団でも敷こうか?」
彼女が布団を押入れから出す想像をしたが、なんだか美しくないなァと思った。
「否々、君にはそんなことさせられないよ。ほら、あれだ……お客様であるから」
「美人」とか「お嬢さん」と言いそうになり、慌てて「お客様」と取り繕う。
隣に座った彼女はそれを聞いてふわりと微笑んだ。
「客だなんて随分水臭い。遠慮する仲でも無いだろうに」
「失礼だが、その…君と私はそんなに親しかったかな?」
「先生が気付いていないだけで、実際私たちはとても親密だが」
「親密?」
「あぁ」
美しい大理石の彼女は蒼玉の瞳の奥に星を光らせた。
ふいにきゅっと手を握られる。いつの間にか手袋を外していた女の白い手は、花弁のように柔らかかった。反して、己のペンだこだらけの骨筋ばった掌が益々みっともなく見える。彼女にもなんだか申し訳ない気持ちになり、恥ずかしさで目を伏せた。
「いきなりそんなことを言われても」
私には記憶がない。
そう言うが早いか、白い掌が迫った。ひた、と唇に人差し指と中指が触れる。苦しいほどの緊張に一瞬で何もかもを忘れた。目の前の彼女は真っ直ぐに私を見据えて無表情だ。ことにあでやかな容色(きりょう)のせいで等身大の陶人形にも見間違えてしまい、思わず呼吸を忘れる。
唇に触れている指先は吃驚するほどに温かかった。このまま角砂糖のように指が溶けてしまうのではないか。
また胸の鼓動が喧しくなる。
「自分でも解っている筈だ」
反論しようとしたが、指先が唇を強く押し付けて許さない。
「“私たち”を求めたのは紛れも無く先生の方なのだから」
女の言葉は微睡みのように優しかったが、その調子には何処か鋭い力が込もっているように思えた。
ゆっくりと唇から指が離れて、やっと解放される。
「確かに、君や他の彼女達と会うのは楽しい」
乾いた唇を舐めて湿らせる。
「ただ…君達は得体が知れないし、そもそもこれは私の夢だ。勝手に根拠のないことを決めつけられるのは…些か…」
「……些か?」
なるべくやんわり咎めようと言葉を紡ぐが、彼女の指が邪魔をしてきて、口を噤む。髪を梳いて弄ばれたり、首の皮膚の柔らかなところを甲と指の根本の骨で擽られると、言うに言われぬ思いをそそられる。また、巫山戯ているような手つきなのに、反して彼女のほうは無機質で真剣な顔をしていて、照れているのが私ばかりだと思うと情けなくなる。しかしその情けなさがなんとなく、嬉しい。
「……否、やっぱりなんでもない」
陶然に耐えかねて私がそう言えば、「そう…」と頷いて飽きたように手を離した。頬の熱がすぅっとひいていく。
彼女は気まぐれなのだろうか。その気まぐれで、私はさっきから心乱されているのか。なんと恐ろしい性質の美人だ。
どきどきしたら何故か疲れてしまった。ふあ、と思わず間抜けな欠伸が出る。さっき寝たばかりなのに不思議なものだ。
「やはり布団が必要みたいだな」
欠伸を見かねて女が腰を上げた。自分でやるからいいと言う前に布団を取りに行ってしまう。まぁいいか…と諦めて文机に肘をつくと、また欠伸が一つ出る。それを合図に、ことことと石段を下りていくように私は眠りについた。



夢から目が覚めると、私はいつの間にか布団の中にいた。机で寝落ちた気がしたのだが、私の思い違いだったのだろうか?
寝ぼけ眼を擦りながら起き上がると、肩から何かが滑り落ちる。見ると若草色のカーディガンである。私はカーディガンを羽織って寝る習慣はない。ふと、夢を思い出す。これは夢の彼女が箪笥から出して、肩に掛けてくれたものと同じだ。女の指が肩をなぞる感触が鮮明に思い出される。
まさか。偶然に違いない。きっと寝ぼけた自分が偶然やってしまっただけだ。
そう納得しようとすれば、視界に見慣れた革手袋が目に入る。手に取ってみると、牛革の黒い手袋だった。勿論私はこんな洒落た小物は持っていない。間違いなく夢の中のあの女の物だった。
あの白い指先の感触を思い出しながら、部屋の真ん中で一人、手袋を見つめ続けていた。


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