シリウスも光らないけれど
*大統領と
※前半夢主の過去描写

生まれてこのかた、私は一度も愛されたことが無かった。それは一重に、私のこの顔が恐ろしく醜いからに他ならない。



ニューヨーク州ロチェスターの裕福な家で、母の胎から生まれ出てきたのがこの私だ。顔の右側を悪魔に喰われた赤子を見て、担当した助産師はその醜さのあまり嘔吐したらしい。
父と母はどちらも美しく、ロココ調の飾り物の人形のような顔貌をしていた。だからどちらに似ても似つかない醜悪な顔つきの赤ん坊を見て、最初は捨ててしまおうと思ったらしい。後々のことを考えれば、この時冷たい真冬の河にでも捨てられた方が私は幸せだったのかもしれない。
両親がそうしなかったのは、周りの親族達が世間体を気にして反対したからだ。田舎の農村での口減らしならまだしも、名の知れた名家が子捨てや子殺しなど評判が悪い(他所の御家では秘密裏にあったかもしれないが)
それに両親は交友関係が幅広い人間だったので、親族や懇意にしている友人達にも妊娠のことを前もって話してしまっていて、私の出産の時にも多くの人が立ち会っていた。つまり望まれぬ私の誕生は、どう足掻いても隠し通せぬ周知の事実だったのである。(可愛らしい赤ん坊を楽しみにしていたのに私のようなモンスターが生まれて、皆の期待は大いに裏切られただろう。今でもそのことを思うと申し訳なくって仕方無くなる)
周囲の圧力で、どうしても我が子として育てなくてはならなくなった私を、勿論両親は愛することはなかった。乳幼児の時の殆どの育児を高給で雇った乳母に押し付け、父も母も滅多に赤ん坊の私には触れることは無かった。
しかしそれでも4つの頃までは庭に出ることや、同じ食卓について食事をすることや、家族ぐるみの集まりなどに出席することが許されていた。
私が家に監禁され始めたのは5つの頃からである。外に出たいと一言でも言えば乳母に厳しく叱られて、初めて頬を抓られた。
当時はわけが分からなかった。ただ、今考えてみれば、生まれた当初はその衝撃の出生で周囲は気圧されていて、扱いが分からなかったのだと思う。しかし成長しても変わらず醜い相貌の私に、両親も周囲も「異形」は「どう扱えば良いのか」分かってきたのだ。
それまで私を恐れて遠ざけていた両親も召使も、家に監禁されてからはあからさまに態度が乱暴で、冷たくなった。何か粗相をしたら怒鳴られて平手打ちは当たり前。何もしていなくとも、機嫌が悪い時に私が視界を横切ったら平手打ちも当たり前。食事や娯楽は与えられたが、両親の生活を害さぬように配慮することを義務付けられた。
気付けば私は周囲に怒られるのが怖くて、息をひそめることが得意になり、無駄な話をしないように、よく舌が縺れる子供になっていた。

そうやって散々嫌悪されていた私はというと、両親を愛していた。美しくて明るい、自分には無いものを持っている人間が、眩しくて愛おしくて羨ましかった。(私の「羨ましがり」はこの頃から始まっていたのかもしれない)
幼い頃から自分が醜いということは、両親含めて周りの反応や、同い歳の子供と見比べることではっきり分かっていた。
地獄の業火で灼かれたように真っ赤に爛れた皮膚、斜視のせいで瞳孔があらぬ方を向いて飛び出た右の眼球、今にも溶けだしそうな程に垂れ下がった額の肉。何もかもが普通の人間と違う。(嗚呼!何度鏡で見ても憎らしくて、悔しくて、仕方の無いこのおぞましい顔!)
だから尚更、私は外見ではなく本質を見てもらおうと勉学や習い事に没頭した。まず、態度の辛辣な家庭教師に怯えながらも文字の読み書きを覚えた。それから家にある物語や戯曲、詩集の本を熟読した。音楽や絵画といった芸術も積極的に学んだ。母の見様見真似でピアノを練習し、父の書斎から美術書や画集を拝借して一日中眺めるのが好きだった。
しかし、私がゲーテの詩集を暗唱できても、ピアノが弾けても、審美眼をどれだけ養っても、父も母も他の人間達にも「邪魔だ」と言われるだけで、私を認めることは無かった。
それもそのはずだ。ちょうどその時、7つの頃に妹が誕生して家は忙しかったのだ。両親によく似た、美しくて可愛らしい赤ん坊。私とは血の繋がりがあるとは思えない妹。
両親も親族も使用人も妹を可愛がった。私は蚊帳の外だったが、愛を与えない姿しかあの人達を見ていなかったので、妹に接するあたたかい微笑みを見て、この人達もやはり優しい善良な人間なのだと分かってほっとした。
同時にこの世のあらゆる価値のうちで、美しいものが絶対なのだと幼心に思った。だから醜いものは踏み躙られて当たり前なのだと納得できた。狂気といえるほどの唯美主義が、この時から確かに芽生えていた。
私の中で妹の誕生はそれほど衝撃的で、そして人生の重大な転機であった。
美しい妹の誕生は、両親にとって醜い私を手放す踏ん切りにもなったからだ。
妹が産まれた翌年の冬、私は両親に見世物小屋へ売り飛ばされた。
あれほど五月蝿かった親族達などに、どう隠し通したのかは分からない。ただ、大金を払って興行主に厳重に口止めをしていたのはよく覚えている。
両親を初めて恨んだのはこの時だ。私を捨てたことに対してではない。「何故、もっと早く…物事を理解できない赤ん坊のうちに売り飛ばしてくれなかったのか」
愛していた者に裏切られるのはとても辛かった。トラウマを植え付けられたことに心底腹が立った。
お母さまあ!お父さまあ!
動き出した鉄格子の付いた馬車の中から泣き叫ぶ。その時の私の悲鳴から逃げていく後ろ姿が、最後に見た両親の姿である。
皮肉にも、牡丹雪が暗黒の空から崩れ落ちてくる美しい夜だった。



当時「フリークスショー(見世物小屋)」や「サイドショー」と呼ばれる興行はヨーロッパやアメリカで大人気だった。外見が醜かったり生まれつきの奇形の人間が強制的に集められ、パフォーマンスを見せて回り、お金をもらっていた。
私の売られた小屋は元々ヨーロッパの方を周っていたが、新天地を求めてつい二、三年前からアメリカに渡ってきたばかりだった。
当たり前だが、見世物小屋には不気味で見たこともない様々な異形がいた。「生きた骸骨」と云われるひどく背が高いのに体重が19キロしかない男、頭が梟のように360度回転する男、腰の辺りで身体が合体してくっついている双生児の少女達、4本足を持つ妙齢の女……、一度見たら脳裏に焼きついて離れなくなる悪夢の産物ばかりだった。
しかしそんなフリークスの群れの中でも、私の顔は一等に醜いと見世物小屋に来た当初から評判だった。異形達も私を一目見るなり、たちまち皆で揃って顔面を蒼白させる有様。恐怖で昏倒してしまった人もいた。かつてのジプシー風の団長の同情と嫌悪の混じった言葉を思い出す。「世界一醜い怪物だよ、お前は。可哀想に、そんな顔じゃあ売られて当たり前だ。今まで石で打ち殺されなかったのを感謝するんだな」私がそれを聞いて泣きだしたらひっぱたかれた。
見世物小屋には5年間いたが、私はこの時からずっと、人間ではないものとして扱われた。
人間ではない私は、雑用仕事も山ほどあって辛かったが、一番は見世物になることが苦痛で仕方無かった。
「忌まわしい怪物の子供」という文句でお客に醜い顔を晒した。客はこの時、気持ち悪がって顔を顰めるか、その滑稽さを嘲笑って楽しんだ。この後お金を投げてくれたら良いが、大抵は石か屋台で売っている食べかけの林檎や菓子をぶつけられる。飲みかけのビールもよく頭から浴びた。大衆の前で辱められ笑われ、身体中ベタベタになるのはこれ以上無いほど辛かった。
顔を晒すだけでは飽き足らず、団長の命令で水桶に入った鶏や兎の内臓に食らいつくパフォーマンスをさせられた。桶いっぱいの鉄臭さと、ドロドロとした死骸に嘔吐しながらも、内臓を噛みちぎって嚥下した。まだ新鮮な死骸の時は良かったが、裏方がサボったせいで銀蠅が集った腐りかけの死骸にむしゃぶりつかねばならぬ時は死ぬ方がマシだと思うほど苦痛だった。
常に見世物の過激さ、危うさを求める観客にはウケが良かったようで、小屋を出るまでずっとこの芸を続けさせられた。

仕事で毎日身も心も疲れ果てた私が帰るのは温かいベッドではない。鍵のかかった鉄格子の檻だ。私は曲芸で使う動物と同じように藁を敷いた檻に入れられ、そこでいつも寝起きを強要されていた。
毎日毎日、檻で寝る前は死にたいと何度も思った。そして何故自分だけが、こんなに辛い目に遭わなければならないのかを考えた。答えはいつも同じ。私が醜いからだ。

毎日辛く苦しい生活をしていた私は、身近な美しいものを見ることで心を癒されていた。(5年も劣悪な環境に耐えられたのは、この現実逃避の癖のお陰だと思っている)
美しいものは何処にでも見つけることができた。マーガレットの鮮やかな橙色、虫の羽根を陽の光に透かした時きらめく様、綺麗に洗い終えた真っ白な皿、団員が使う派手な衣装や小道具、人間の手、脚、目、唇、髪の毛、爪…。
見世物小屋の人達は皆私を気持ち悪がって虐げ、嬲ったが、それでも私は嫌いにはなれなかった。何故なら彼らは私よりもずっと沢山の美しいものを持っているからだ。
どんなに性格が歪んでいても、見た目が奇形であっても、人間は何かしら美しいパーツを必ず所持している。(私はどこもかしこも醜いから例外だ)
美しいものはこの世で絶対の価値があるから敬わねばならない。だから私は私以外の人間が分け隔てなく、好きだった。
いつしか私は他人の美しい部分によく目がいくようになった。気付けばいつも人の綺麗で、一際光る箇所を目敏く探している。そして私は烏滸がましいことにそれを羨望し、激しく渇望した。幼い頃からの「羨ましがり屋」がここにきて燻り始めた。「能力」を発現したのは、この果てなき浅ましい欲のせいだろう。

ある日檻の中で目を覚ますと、それはすぐそばにいた。
私の「能力」……後に「パパラッツィー」と命名されるそれは、木製の箱の形をしていた。横の大きさは私の両の腕を広げたくらいで、その全面に奇妙な装飾がされている。
また、手をかけると上蓋が開くようになっていてた。家具としてなら衣装箱かトランクケースにでも使われそうだ。箱の中は空だった。
普通の家具でないことが分かったのは、箱から足が生えていたからだ。人間のものではなく、蹄のある豚の足。それが箱の下から4足、にょきりと出ていた。
面妖な姿には違いなかったが、不思議と怖くはなかった。むしろ触れると、本来無機物には無いはずの温もりが心地よかった。

その日、団長は一層機嫌が悪くて、私は憂さ晴らしに乗馬用の鞭で背中を激しく打擲されていた。私は灼けるような痛みを背負い、受け止めながら肩越しに顔を真っ赤にして怒る団長を見上げた。歳は四十くらいで小男ではあったが、私は団長の鞭を振るう腕が好きだった。浅黒いけれど程よく筋肉がついた腕。
「欲しいなぁ…」呟いた瞬間、ゴトリと重い音がして、私の目の前に黒い塊が落ちた。団長の両腕だ。近くにはいつの間にか私の「パパラッツィー」がいた。この子の仕業だと冷静に直感した。
団長は恐慌を目の当たりにして目を丸くし、女性みたいに甲高い悲鳴をあげた。あ、その声も好き。そう思った途端にぷつんと悲鳴が消えた。同時に、パパラッツィーの蓋が大きな音をたてて閉まった。はくはくと口を動かして蒼褪める団長を見ながら、私は何となくパパラッツィーの能力を理解した。
「他人の美しいものを貰える」能力。
神さまが与えてくださった、醜い私の唯一の権利。興奮でぞくぞくと胸が躍った。
身を起こして、半分腰を抜かしている団長を見つめながら微笑んだ。これまでずっと怖くて仕方無かったのに、こうして見るとかわいい人だ。どくどくと脈打つ首筋が目につき、欲しいと思った。瞬間、ころりと頭が落ちる。私の手には首から鎖骨まで綺麗に切り取られた部分があった。この調子でもっと他の部分を貰ってしまおう。……結局この時、両脚と耳を残して団長は消えてしまった。
それから見世物小屋の異形の人達全員から、少しずつ少しずつ装飾品や身体を貰ったりした。5年間ずっと見ていたから美しく、欲しいものは幾つもあった。さながらビュッフェでもつまんでいくように、私は見世物小屋の皆から沢山の宝物を頂いた。真夜中になる頃には十数個のどのテントにも残骸しか残っていなかった。
一人になった私は見世物小屋の金を拝借し、団員の衣服や食べ物をトランクに詰め込んで朝早くにそこを発った。
一人になってしまって寂しいとは思わなかった。身体が心無しか軽い。早足で歩きながら、耐えきれず「あぁ」と白い息とともに恍惚の声を漏らした。



見世物小屋から逃げてからの約一年、奪った資金をやり繰りしながら私はワシントンで放浪を続けていた。しかしそろそろ手持ち金が底を突きそうだった。新しく仕事にでも就こうと色々な場所で頼んだが、この醜形を一目見るなり何処も雇ってはくれない。
だから私は度々、生活金欲しさに盗みを犯した。最初から盗みが目当てだったわけでは無い。通りがかりの人間のパーツに惹かれて、欲求が抑えられずに襲ってしまい、ついでに金品も持ち逃げしてしまったのだ。そのせいで新聞ではすっかり連続強盗殺人事件として取り上げられてしまった。このままでは捕まってしまう、捕まったら私はまた見世物小屋に逆戻りさせられるのではないか。そう考えると不安が大波のように襲ってきた。
そんな時にある日、とうとう警察に捕まりそうになった。真夜中、一人の紳士を路地裏で襲ったところを警官二人に見られてしまったのだ。
私はバラバラの紳士を残して慌てて逃げた。待て、逃がすな、という警官の怒声を背中で聞きながら路地を抜けて大通りに出る。誰も人はいない。内部から突き上げられるような恐怖と、酸欠状態のような苦しさに涙を滲ませながら通りを走る。道沿いに建つ建物は全て灯りを消して窓も扉も締め切っている。何処かに隠れなければ、と走りながら混乱しきった頭で考える。
すると、ペンシルベニア通りをずっと走り、拓けた場所に鉄製の柵があった。向こうには何やら芝生と建物の壁が聳えている。病院?美術館?何かの施設だろうか?
得体の知れない建物に一瞬だけ怯む。だが警笛の音が近付いてくるような気がして、焦燥が私を動かした。渾身の力で柵を上がり、向こう側へ転がり込むように着地した。
ちょうど壁伝いに歩いた先に鉄製の柵の付いた地下を覗ける穴があり、幸運なことに鉄格子は緩んでいて、少し動かすと体を滑らせて入れることができた。
地下…というより、そこは下水道だった。この建物は下水道の真上に建っているらしい。
天井がアーチ状なった空間がずっと続き、下は細い足場を除いて、ひどい悪臭を放つ水が運河のように流れている。下水の中はいくつかトンネルが枝分かれしていて、奥には独房のような薄暗い空間が所々ある。人の気配は勿論無い。
ここは良い隠れ家になるかもしれない。
そう思った私はきっと見世物小屋での生活で感覚が麻痺していたのだろう。獣臭く狭い檻の中に比べれば、糞尿とドブの臭いがする下水道の方がマシだ。
それまで放浪を続けていた私はここでやっと、ホワイトハウスの下水道へ居着くことになったのである。

下水道での生活は思っていたよりも酷くはなかった。悪臭には一週間程ですぐに鼻が慣れてしまったし、使われていない空間が沢山あったので寝る場所にも困らなかった。
それに何よりも、下水道からは上層のホワイトハウスへ忍び込めるという大きな利点があった。下水道から出て屋根裏を伝い、注意深く行けば色んな部屋へ入れた。
食べ物は厨房の残飯を漁り、衣服はホワイトハウスへ来訪して泊まっている人間の物をちょくちょく借りた。アメリカの政治の拠点であるから、本は充実していた。政治の本だけでなく学術書や文学書も豊富で、その蔵書数には思わずときめきを隠せずにはいられなかった。
ホワイトハウスの部屋ごとの内装はどこも美しく設計され、素晴らしいの一言に尽きる。何度見ても飽きない。
美しいといえば、屋根裏から様々な人間を観察するのも好きだった。勿論、偶に、パパラッツィーの手を借りてパーツを集めることも続けていた。案の定、何やら怪物の仕業だと騒がれることになってしまったが、それでもやはり、欲には、勝てない。
獣のような激しい欲求を捨てられないまま、気付けば私は「怪物」として、14年の時を下水道で孤独に過ごした、……、……、………。



ふと、気がつく。
ぼーっとしていて、走馬灯のようなものを見ていた。
目の前には眩しくて格式が漂う部屋が広がっている。あぁ、私はとうとう捕らえられたのだった。ここはきっと、大統領の執務室だ。今まで入ることは叶わなかったが…なんて綺麗な部屋なのだろう。
今の23代目の大統領といえば、つい最近就任したばかりだ。名前は…そう…ファニー・ヴァレンタイン大統領。堂々たる弁舌とそのカリスマ性で圧倒的投票数で他の候補者を破り、当選した。私もホワイトハウス前での大統領演説を聴いたことがあるが、心揺さぶられる言葉ばかりを発することが出来るその内なる精神美にため息が出るばかりだった。
私とは違う世界の人だ。
しかし今、大統領は目の前にいる。何やら私の両側に立つ背の高い男性二人と話していた。……きっと殺されてしまう。公邸を汚したみすぼらしくて卑しい盗人として。
すると、顔を上げた時に大統領と目が合ってしまった。私の顔を見て、ぎょっと相手が顔を顰めるのが分かった。カッと一気に顔が熱くなる。国の頂点に立つお人に、この醜悪な面を見られたという事実が死にたいほど恥ずかしくて、俯いて下唇を噛みしめる。
「人間か…?」
よく通る声でそう聞かれ、私は俯きながら答える。
「……さぁ…もう自分が何なのかも、わかりません」
「お前はスタンド使いか?」
「スタンド、」
聞き慣れない言葉をオウム返しする。そうすると大統領が眉根をきゅっと寄せて「お前の能力のことだ。人間の身体を奪うそうじゃあないか」と厳しい声音で問われる。
「…はい、それは私の仕業に違いありません…ヴァレンタイン、大統領」
努めて丁寧に答えようと頑張るが、言葉が喉で引っかかって縺れる。自分がまた嫌になる。
それから大統領について何故知っているのかということや、字が読めることについて聞かれた。益々私をどうするつもりなのだろうか分からなくなる。
すると、「今ここで殺しておくべきです」と私の隣に立つ背の高い男性が侮蔑のこもった目で睨みつけてきた。大統領と違う、あからさまな敵意が感じられる。大統領がすかさず止めに入ってくれなかったら私は殺されていたかもしれない。
大統領は改めて跪く私に向き直る。恐る恐る見上げると、その顔に嫌悪の表情は無かった。
初めて向けられる品のある優雅な微笑みに呆然としてしまった。
「お前はこれ以上無いほどに醜い」
「……」
「しかしそのスタンド能力には利用価値がありそうだ。殺すには惜しい。どうだ?私の下につかないか」
私のために役立つというのなら、それなりの処遇を約束しよう。
予想もしなかった言葉に、己の耳を疑った。一瞬全ての音が消え去って、自分の鼓動がドクドクと耳の奥で聞こえる。
生まれてからずっと人から拒絶しかされなかった私に、この人は自分から手を差しのべてくださった。こんなこと、初めてだ。今まで感じたことのなかった温かいものが胸にこみ上げてきて、全身の震えが止まらない。
「本当に……宜しいんですか…?本当に…?」
「あぁ、私にはどうやらお前が必要だ」
大統領は金糸のような髪の毛を繊細な手つきで耳にかけながら頷いた。「必要」という言葉は今までの私には縁遠く、また強烈な憧れの対象で、手に入れることなどできないと思っていた。それが今、覆された。私は初めて他者から必要とされ認められたのだ。
息苦しいほどの感動に、気付けば涙が止まらなかった。
「ありがとうございます」
頭を床に擦り付けながら、嗚咽の混じる枯れた声で何度も感謝を述べた。



後日、大統領から私に仮面が届けられた。
白くて美しい、人間の顔の左側を型どった陶器の芸術品。両手でそっと持ち上げ、恐る恐る自分の醜い場所へ押し付けると、ぴったりとそこへ嵌った。まるで元から体の一部だったかのように肌に吸い付いていくのを感じる。途端に大統領への愛おしさで、胸を締め付けられる感覚に襲われた。
「お前の名前を聞いておこう。「怪物」では不便だからな」
「私の名前は、ナマエ…です…、ヴァレンタイン、大統領」
大統領にそう名前を教えたが、もうこの仮面さえあれば私は「怪物」と呼ばれても構わない気がした。この仮面は鎖だ。私を縛り付けて自由を奪う呪いだ。もう逃げられない。嗚呼、しかしなんて心地よい呪縛なのだろう!
忌まわしい醜さを覆い隠す冷たさに触れながら深い溜息をついた。
美しきあの方の為なら、私は、私は、


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