きっとそれは悪魔のキス
*大統領と

「ホワイトハウスの怪物」の噂は私が下院議員の頃から議員や職員のあいだでは有名だった。
『怪物は光を嫌い、天井裏や地階のどこかに秘密部屋を作って隠れ住んでいる』
『怪物は地階のライブラリーから本を読み漁り、バーメイルルームで銀のコレクションを眺め、イーストルームのピアノを真夜中に弾く』
『怪物はホワイトハウスに訪れる人間の身体をもぎ取っていく』
『怪物は世にも恐ろしい姿形をしている』
そんなただの子供じみた怪談のような話に、国の政治に携わる議員や大統領の身を守るシークレットサービスがこぞって頭を悩ませていた。
馬鹿馬鹿しいと思うだろう。しかし実際に……しかも必ず年に一度か二度、「ホワイトハウスの怪物」の犠牲者が出てしまっているから仕方がない。
私が大統領に就任する前の年ではホワイトハウスのメイドと、ページボーイの二人が犠牲となった。
女の方は膝から下の左脚と右耳、男の方は右手と左耳と左手首を「怪物」に「取られていた」。
「怪物」の犯行は決まって奇妙なものであった。
必ず「怪物」は身体の一部分を持ち去る。人間の手足を取るなど、普通ならば刃物で切断するくらいしか方法は無い。
しかし「怪物」に「取られた」人間は外傷が一切無いのだ。血を一滴も流さず、取られた箇所には骨も肉も無い。元からそこには何も無かったかのように綺麗に処置がされている。(想像に難ければ、人形のパーツを取り外したところを浮かべてみてほしい)
そういった経緯で殺人事件にはならないものの、「取られた」被害者としては一生の傷だ。もしかしたら死よりも苦痛かもしれない。

政府の長の執務の拠点の地で悪事を働く犯人を捕まえようと、何年ものあいだ前22代大統領を中心にホワイトハウス内部で捜索や調査がされた。頻繁に出入りする議員や職員への疑いはもちろん、他国からの外交官や他国のテロリストが犯人なのではないかという説もあった。
しかし「怪物」は一向に見つからなかった。

23代アメリカ大統領としてこの私…ファニー・ヴァレンタインが就任した。勿論…私も前任の大統領と同様、「ホワイトハウスの怪物」をこのまま野放しにしておくわけにはいかない。
しかし、私は捕らえて死刑にし、やすやすと終わらせるつもりは無かった。
あくまでも「怪物」とやらに可能性を求めていた。奇々怪々な犯行の技を聞いた時からこれは唯の人間には不可能であると確信していた。
新たなスタンド使いの可能性を…。



案の定「怪物」はスタンド使いであった。
やはりスタンド使いはスタンド使いに探させるに限る。警察と前任のシークレットサービスが何年も見つけ出せなかった犯人を、我が部下のマイクとブラックモアはたった一日足らずで見つけ出してみせた。
捕縛したという報告を聞いたのは冬の真夜中だった。
執務室で書き物をしていた私の前に手錠をかけられ連行されてきたのは、ざんばら髪の薄汚い女だった。(女と分かったのは引き摺られて来た時の悲鳴が甲高いものだったからである。物乞いのような見た目では到底女という区別がつかなかった)
女はブルブル震えながら、落ち着かない様子でなにやら顔を掻き毟っている。精神状態に異常があるのかもしれない。
「ホワイトハウスの怪物」という物々しい肩書きから、もっと恐ろしげな大男を想像していた私は、思わずその脆弱な正体に拍子抜けした。
「本当にこれが怪物か?」
引き連れてきた一人であるマイク・Oに確認をとれば、深く頷かれた。
「こいつで間違いありません。捕縛する際、警護の一人が両眼を無くしました。スタンド像もこの目で見た世界です」
「そうか…では本当にスタンド使いで、間違い無いんだな」
「えぇ」
自分の確信がやはり間違っていなかったことに愉悦を感じつつ、「怪物」に近寄って様子を見る。草臥れたシャツとズボンという格好や、手錠をはめられて、力無く膝をつく姿は罪を懺悔する囚人のようにも見えた。
すると、恐る恐る「怪物」は頭をゆっくりと上げる。そして手入れもされていない、きしきしと傷んだ長い髪の中から現れたその顔に、思わず、ぎょっとした。
その顔の右半分…そこには確かに「怪物」が巣食っていたのだ。火傷で爛れたように赤い皮膚、その上を苔みたいに張り付く疣や吹き出物、額と瞼の肉は垂れ下がり、落ち窪んだ眼窩には黄色味を帯びた斜視の眼球が取り付けられている。
ひゅっとマイクかブラックモアかのどちらかが息を呑む音が聞こえた。私も反射的に目の前の「怪物」から一歩後ずさって距離を置く。
こんなにひどく、醜い顔をした人間を見るのは初めてだった。フュースリの「夢魔」や、ルーベンスの「メデューサの頭部」といった醜悪な絵画を引き合いに出したとしても、勝るとも劣らない醜さだ。同じ場にいれば悪疫の息吹でももらってしまうのではないだろうか。

「人間か…?」
顔を顰めながら問えば、「怪物」は俯いて顔を隠すようにしながら初めて口を開く。
「……さぁ…もう自分が何なのかも、わかりません」
おどおどとしてやや吃音ぎみだったが、発音のはっきりとした丁寧な口調だった。
「お前はスタンド使いか?」
「スタンド、」
「お前の能力のことだ。人間の身体を奪うそうじゃあないか」
「…はい、それは私の仕業に違いありません…ヴァレンタイン、大統領」
名前を言われ、「怪物」が自分の素性を知っていることに少なからずも驚いた。何故知っているのかと問えば、「ホワイトハウスに住んでいるから」「新聞や本を読んだから」とたどたどしく答える。意外にも「怪物」は字が読めるらしい。

「恐れながら申し上げますが…大統領…、こいつを今のまま野放しにしておくのは危険かと。今ここで殺しておくべきです。本来なら犯罪者は法で裁かねばなりませんが、スタンド使いと分かった以上は警察に引き渡す訳にもいきません」
隣に立つ、化石のようにかわいた表情のブラックモアが口を挟む。口調はあくまで控えめだが、その手は懐の拳銃にかかっている。相変わらず血の気が多い。
「まぁ待て」と彼を諌めてから、私は改めて醜い「怪物」に向き直る。
「お前はこれ以上無いほどに醜い」
「……」
「しかしそのスタンド能力には利用価値がありそうだ。殺すには惜しい。どうだ?私の下につかないか」
私のために役立つというのなら、それなりの処遇を約束しよう。
本来ならば身内以外のスタンド使いはブラックモアの言う通り処罰すべきだ。加えて醜く薄汚い下賎の身でありながら、政府に一度は害を成していた身の程知らずならば…尚更。
しかしたったの一人でこれまで幾人も葬り去った悪質な能力に興味が湧いた。それにどうやら「怪物」は識字能力や政治情勢に詳しいところを見ると、思っていたより賢いらしい。
きっと業務にも役立つだろう。
マイクとブラックモアの面食らった表情を無視しながら「返事は?」と聞けば、「怪物」はさっきまで青ざめていた頬を見る見るうちに薔薇色に染め上げて瞠目する。萎れて枯れかけていた花がいきなり命を吹き返したようであった。
「本当に……宜しいんですか…?本当に…?」
「あぁ、私にはどうやらお前が必要だ」
「必要」という箇所を強調して返せば、醜い顔が不器用な喜色の笑みを浮かべた。それからカーペットの床に額を擦り付け頭を下げた後、ありがとうございますと言いながら堰を切ったように激しく泣き出した。
「怪物」の名前はナマエというらしい。

「ホワイトハウスの怪物」事件を解決した後、私は真っ先にマイクに、懇意にしている陶器職人へ連絡するようにと伝えた。
あそこまで醜い顔には仮面がいるからだ。

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