グラツィエ


「牛蒡と鳥ささみの親子丼と葱と生姜入りの味噌汁、茹でたキャベツにミョウガと鰹節を乗せたサラダです。ポン酢をかけて召し上がってください」
「………」

大きなダイニングテーブルに晩御飯を並べて説明をすれば、皆さんまじまじと凝視しながら無言に。
どうしましょうどうしましょう、もしかして皆さん気に入らなかったのでしょうか。

「……あの、お気に」
「すっげー!美味そう!いただきまーす!!」

お気に召しませんでしたか?と聞く前に飛段さんがお皿にがっついていました。
……心配いらなかったようです。


「なかなか美味いな」
「あ、大家さん」
「お前を雇って、食事の面では心配はいらなかったようだな」
「……!」

椅子に腰掛けたペインさんに振り返りざまに言われ、固まってしまう。途端にじわじわと不安が喜びに変わっていく。
ありがとうございます、という礼を述べる声は申し訳ないくらいに小さくて。

「食材を買い出しに行く暇など無かったでしょう?どうしたんです、こんなに…」
「あ、全然手間もお金もかかってないんです。材料は冷蔵庫に元から入っていたものを拝借しただけで…」
「ほぅ…そうでしたか」

鬼鮫さんが味噌汁を啜りながら訝しげに聞くので慌てて説明をすれば、少しだけ表情を緩めて興味深そうなお顔をされました。

調味料と卵と味噌があったのはとてもありがたかったです。…玉ねぎだけは芽が出ていて冷蔵庫の隅で瀕死寸前だった物なのですが。


「節約する頭は人並みにあるようだな」
「は、はい」

厳しい声音の角都さんが話に介入してきて、吃驚しつつも頷く。

「しかし俺はもう少し薄味を好む。次に料理をする時は覚えておけ」
「……あ、それは失礼しました。次からは気をつけますね」

おそらく親子丼と味噌汁の味付けに関してだろうと思いました。私自身濃いめの味が好きなのもあり、料理の味付けもそれに呼応するようになってしまう時が偶にあるのです。
角都さんは薄味好み……覚えておかなければ。






皆さんが食事を終え、ひと段落した気分で後片付けをしているとリビングの扉が静かに開きました。

「今帰ったわ」

そこには一人の細身の女性。まだ顔を合わせたことがない人です。
藍色がかった紫の短い髪にオレンジ色の瞳。黒のワンピース姿に白いショールを羽織っていて、まるでモデルさんのよう。
その人は私を見るなり、形の良い眉を顰めました。

「貴方は、誰?見ない顔ね」
「初めまして、今日から住み込みの家政婦をさせて頂くいちはらえつこといいます」
「あぁ、貴方が…。話はペインから聞いているわ」

自己紹介をすれば、警戒を解いてくれたようで僅かに微笑んでくれました。

「私は小南。ここの住人で、近くの図書館の司書をしているわ」

勤め先の図書館の名前を聞くと、このアパートからそう遠くはない大きな施設でした。
そういえば、今のところ他の住人さんの職業などを聞いていないことに気がつきました。軽々しく聞くのは失礼でしょうか…?
でも出勤や帰宅の時間を把握しておいたほうが何かと都合が良いでしょうし…。


「食事より先にお風呂に入って良いかしら」
「あ、大丈夫ですよ。もう沸かしてありますので」
「そう。あぁ…間違って誰かが入ってこないようにして」
釘を刺すようにそう小南さんに申しつけられました。
きっとあの口ぶりだとそういう経験があるのやもしれません。でも女の人は怒ると怖いし、鬼のように強いことを女親に囲われて育った私は知っています。
……ここの男性の方々を命の危機に晒さないためにも、お風呂は厳重注意しなければならないと私は心に誓いました。





小南さんが入浴しに行き、私はお皿洗いの続きをしていました。すると、またリビングの扉が開きました。

「ただいまー、あーっ疲れたー!」
「…!?」

部屋に入ってくるなり、どかどかと入ってきて声をあげるその人。
金髪の長い髪を結い上げた青い目の男の子。外人さん…じゃあないですよね?歳は私より二つ三つ下くらいに見えました。

疲れた疲れたと漏らすその人とやっと目が合ってこちらから会釈をすれば、吃驚したように目を丸くしていました。

「お、お前誰だよ?うん?」
「今日からここで住み込みの家政婦をします、いちはらえつこです」
「家政婦?お前が?んなの聞いてねーぞ、…うん」
「大家さんには一応了承を得ているので…」
「……」

しっくりこないといった顔で私を見る金髪さんに説明をしますが、表情は変わらないまま。

「晩御飯できてますよ、食べますか?」
「……」
「えっと、」
「……」
「……」

とうとう無言になってしまった相手に私は苦笑も出なくなってしまう。しょうがないので、ここは肯定と受け取ってとりあえず料理は出しておこうと思いました。

「どうぞ、拙いものですが」
「……」

しばらく彼はお皿と睨めっこをしていましたが、いただきますと小さな声が聞こえて少し安心。
本当は感想なんかを聞きたいところですが、見てたらゆっくり食べられないだろうと思い、私は台所で皿洗いを再開しました。





ご飯を勧めて20分くらいした頃。
皿洗いも片付いて鼻歌まじりに台所のカウンターを拭いていると、後ろから微かに足音が。
振り返ると金髪さんがお皿を持って立っていました。

「あ、わざわざ持ってきてくれたんですね。ありがとうございます」
「……別に大したことない味だったな、うん」

そう尖った口調で言う金髪さんですが、返されたお皿にはご飯粒一つも付いていませんでした。思わず密かにくすっと笑ってしまいたくなります。

「お名前を聞いてませんでしたね」
「あぁ?馴れ馴れしい奴だなお前。デイダラだ、うん!」
「デイダラさん、ですね」

またまた珍しい名前だと思いつつ改めて宜しくお願いしますと言っておきました。
オイラもう部屋に戻るかんな!と踵を返しかけたデイダラさん。しかし何か思い出したのか、立ち止まります。

「あ、言っておくけどな、あとの二人は多分顔見せないぜ…うん」
「え?」
「ゼツは仕事で出張、サソリの旦那は自分の部屋で引きこもりだからな」
「そうなんですか?」
「旦那のはラップでもかけて203号室の前に置いときゃ充分だ…うん」

それだけ早口気味に言ってしまうと、今度こそ本当に行ってしまいました。
さりげなく部屋番号までしっかり教えてくれるとは、デイダラさんは親切な子のようです。

さて、また皿洗いを終わらせて今度は203号室に行かなければ。
私はふふふと含み笑いを漏らしながら、鼻歌まじりに家事を再開しました。



20141004


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