電波ジャック・ハートスピン


あれからイタチさんに荷物を運んで頂いた後、私はまだ緊張しっぱなしで部屋の中でもだもだしていました。

部屋は10畳ほどの広さで、鏡とベッドと丸机が備え付けてありました。窓を開けると、小さなベランダのようなものもあります。
そんな素敵なお部屋で私は荷物を整理しながら、気を落ち着かせていました。

「大丈夫、一々こんなことで右往左往してたら家政婦なんてできません!しっかりせねば自分!」

大家さんが変わっていようと、隣の部屋に男の人がいようと、お給料を貰って雇われた以上は家政婦として家事に全力を尽くさなければ…。
ふと時計に目をやれば、もう夕方の18時でした。そろそろ下に行って晩御飯の仕度をしなければなりません。

「さ、頑張りましょう、いちはらえつこ!」

自分で自分を励ますように独り言を言いながら、私は鞄から取り出した割烹着を着用しました。
真っ白で古めかしいものですが、これは祖母から譲り受けた私の愛用の品なのです。
私は頬の熱を冷ましながら部屋を出ました。





台所には大家さんもイタチさんも居らず、私は一人黙々と晩御飯を作っておりました。BGMとして付けっ放しのテレビからは夕方のニュースが流れています。

冷蔵庫と棚の中は殆どお菓子とインスタント食品と冷凍食品だらけで思わずびっくりしてしまいました。一体この家の方々はどんな不健康な食生活を送っていたのでしょうか…。

それでも幸運なことに、申し訳程度の食材と調味料とお米は発掘できたので安心しました。恐ろしい冷蔵庫め…!
晩御飯と明日の朝ご飯はなんとかなりそうです。



「あーーッ!?なんか変な女がいるじゃねーかよ!!」
「!?」

鼻歌交じりにお米を研いでいると、唐突に後ろから聞こえてきた声に肩が跳ねます。
振り返ればそこには二人の怪しい男の人。
一人は私を指差して鴇色の目をパチパチさせている銀髪オールバックの若い人。
もう一人の方は浅黒い肌に黒髪のマスクをした背の高い人。
どちらも初対面の住人さんです。

「角都ゥ、なんだよこの女お前の知り合いかぁ?」
「飛段、俺に聞くな阿呆が」
「誰がアホだ!」

勝手に言い争いを始めてしまう男の人達。飛段さんと角都さんというらしいです。また変わった名前ですね…。

「あの、今日からここで家政婦をさせて頂きます。いちはらえつこといいます」
「あー?新しい家政婦?」

米とぎの手を止めて名乗れば飛段さんの方が首を傾げます。「クソ大家のやつそんなこと言ってたっけか?」「一昨日言っていた」「そだっけか?」
そんなやりとりを交わした後、お二人は私を凝視してきました。

「ふーん、またどんなオバハンが来るかと思ってたらこんな芋女だとは意外だなァ」
「い、芋?」
「黙って家事だけこなしていればそれで良い。しかし、無駄遣いはするなよ小娘」
「は、はい…」

角都さんには詰め寄られて脅しのような口調でそう言われ、飛段さんには芋女なんて呼ばれてしまい、私は驚きとショックのあまりに固まるしかありませんでした。
失礼というか、なんか怖いというか……。

「ま、宜しくしようなー、えつこちゃんよぅ」
飛段さんにぱしぱし肩を軽く叩かれ、しかもいきなりちゃん付けで呼ばれる有様。下手に言い返すこともできず、苦笑いを零すしかありません。
端から見たら酔っ払いに絡まれている人みたいだと我ながら思いました。


「あまり新人家政婦を苛めるな、二人とも」

そんなこんなで困っていると、聞き覚えのある声が。ふと見ればいつの間にかイタチさんが立っています。その隣には角都さんよりずっと背の高い、魚のような顔をした人がいました。

イタチさん助け舟をありがとうございます。しかし隣のその人はもしや半魚人さんでしょうか。

「イタチさん、あの娘とお知り合いですか?」
「昼に会った。ここの新しい家政婦だ」
「ほぅ、成る程そうでしたか」

半魚人さんは見た目にそぐわない丁寧な口調でイタチさんと会話していました。悪い人ではないと信じたい…。

「晩餐の時間が遅くなって困るのはお前達だろう。家事の邪魔をしてやるな」
「…それもそうだな」
「チッ、なんだよつまんねー」

イタチさんが飛段さんと角都さんにそう言うと、渋々といった様子でお二人は離れていきました。

「すみませんイタチさん、ありがとうございます」
「気にするな」

「しかし随分と間の抜けた顔の小娘が来たものですねぇ」
「へ……?」
「いかにも苛めてくださいって顔してますよアナタ。ゾンビコンビになめられるワケです」

もう少し気を張るなりしなさい。
初対面にも関わらず、半魚人さんに辛辣な言葉を投げられてしまいました。
ここの住人さん達はみんな新顔に厳しいようです。

「鬼鮫、説教はそのへんにしてやれ。えつこは今日来たばかりなんだからそう厳しくしなくとも良いだろう」
「イタチさん、あまり甘やかさない方がいいですよ。最近の若いのはすぐに調子付くんですから」

鬼鮫という名前らしい半魚人さんはクスクス笑いを漏らして通り過ぎていってしまいました。

「私、皆さんに嫌われてしまっているんでしょうか…?」
「ここの住人は気難しくて変わった奴が多い。あまり気にするな」
「そう、ですか」

イタチさんの言葉がいくらか慰めになったものの、住人の方々と仲良くなるには時間がかかりそうだと内心溜め息をつきました。



20141004

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