ねこふんじゃったで会いましょう


住み込み家政婦として働きに出ていくことになり、私はピンクの花柄のキャリーバッグに服やら日用品やらを詰め込んで紹介所を出ました。
これからの生活の為に必要な物が詰め込まれたキャリーはとても大きく、ずっしりと重い。まるでこれからの生活への心配と緊張を表しているようでした。

「今さら心配や緊張なんてしても仕方がないですけれど…」





電車に乗って20分。着いた駅から徒歩で10分。住宅地から外れた路地裏に建つ一件の古い建物の前で私は足を止めました。
臙脂色の屋根に淡いクリーム色の壁。モダンな雰囲気を感じさせる三階建ての洋風建築の建物でした。
アパート…というには勿体無いくらい、なかなか素敵な趣きが感じられました。

「ここが…暁荘…なんですね」

あかつき、なんて綺麗な名前。
このお名前みたいに住んでいる人たちも親切な人だと良いのですが…。
半ば祈るような気持ちで私は敷石を踏み、玄関の前に立つ。

「えっとチャイムは…」
「何か用か」

チャイムの場所を探していると後ろから誰かに呼び止められました。吃驚しつつ振り返れば、そこには男の人が一人。
整った顔をした黒髪の人で、片手にボストンバッグ、もう片手には有名な和菓子屋さんの名前が書いてある袋が下がっています。
もしかしてここのアパートの住人さん?


「あ、こんにちは初めまして。紹介所から来ましたいちはらえつこといいます」
「紹介所…?」
「今日からここの御宅で住み込みの家政婦をさせて頂きます」
「あぁ……、話は大家から聞いている」

私から挨拶をすれば、男の人は思い出したように頷きました。

「俺はここの住人のうちはイタチだ。宜しく頼む」
「イタチさん、ですね。どうもこちらこそ…」

握手を求められたので恐縮ながらも手を握る。男の人の手に触ることなんてあまり無いから少し気恥ずかしい…。

「おそらく大家は中にいるだろうから…」
「あ、はい!お邪魔致します」

イタチさんがドアを開けて招き入れてくれました。
最初に会った方が優しそうな人で安心しました。私、心底ほっとしています…!





中に入ると広い三和土の玄関。しかし所狭しと靴が脱ぎ散らかしてあります。
嗚呼、揃えて掃除したい…!

「汚いところだが、遠慮なく上がってくれ」
「あっ…はい!」

私の掃除したい欲が滲み出ていたのか、イタチさんが申し訳程度に靴を揃えてくれながら言いました。
そんなに顔に出ていたのでしょうか?気をつけないと…。

中に上がるとすぐ右手に階段。左手と目の前には長い廊下が伸びています。前を歩くイタチさんは真っ直ぐ廊下を歩いていくので、私は三歩下がって付いて行きました。
歩く度にミシミシと床が軋むのはそれほど家が古いものなのだと主張しているようで。


「大家、お前に客だぞ」

突き当たりの入り口でイタチさんが声をかける。後ろから首を伸ばせば、そこは居間のようでした。
フローリングの床、障子の窓、十人は余裕で座れそうな木製の長机。奥には台所も見えます。
家の外観と同じく、和風モダンなインテリアで揃えられていてとても素敵でした。

「客だと?珍しいな」

すると大家と呼ばれて、長机に一人座っていた男の人が手元の本から顔を上げました。
同時に私は思わず固まってしまいました。

派手なオレンジ色の髪にぐるぐると輪を描いた両目。そして何より目を引いたのは、顔にいくつも刺さった黒のピアス。
「大家さん」というよりは「ヘビメタバンドのロッカーさん」という風貌です。
見た目で人を判断してはいけないものですが、余りの奇抜な姿に私は驚きと恐れで呆然としてしまいました。

「ほら、前に言っていただろう。新しい家政婦を雇うと」
「先日求人を出したあれか。…思っていたより来るのが早かったな」

近づいてきた大家さんは訝しげな視線を私に向けてきました。近距離で見ると益々威圧感のあるお顔に思わずびびってしまいます。

「お前、名前は」
「いちはら…、えつこといいます…」
「歳は」
「あ、えっと21です…」
「そうか…」

私が答えれば、大家さんは顎を手に当てて何かぶつぶつ呟いています。イタチと同い年だな、とかそんな風な声も聞こえて内心びっくりしていたり。イタチさんは歳上だと思っていたんですもの。

「今までの家政婦より歳は若いが、重要なのは仕事ができるかどうかだからな」
「は、はい、承知してます…」

顔を上げた大家さんは力量を推し量るような口ぶりで言いました。
「今まで」ということは私の前に何人か家政婦さんが居たということでしょうか。

「名乗るのが遅れたが、俺はペイン。ここの大家をしている」
「ペインさん…、宜しくお願いします」

外国人の方でしょうか?
頭を下げながら脳内には疑問符が増えていくばかり。イタチさんはまだ問題無いとして、まだまだこの大家さんのような変わった方が住んでいるのでしょうか…?

まさかね、と私は胸の内で苦笑いを零しました。





「お前の部屋は三階の一番突き当たりの部屋だ」

一通りの自己紹介が終わると、ペインさんに部屋の鍵を渡されました。持つと少し重い鉄製のもので、「304」と部屋の番号が刻印されたタグが付いています。

「あの、ここには何人くらいの人がいらっしゃるんでしょうか?」
「俺とイタチを入れて9人になるな。今は殆どの住人が出かけているが、後々帰宅するだろう」
「じゃあ、ご挨拶はそれぞれお会いした時に私個人からしておきますね」
「あぁ、それは任せる」

9人…。思っていたほど人数が多く、これからの御飯の仕度や洗濯を考えるとこれは今までで一番仕事が大変そうだと心底感じた次第です。

では、今日の晩餐は任せたぞ。
ペインさんはそう私に言いつけて、おそらく自室の方へ戻って行きました。大家さんの部屋は一階のようです。

「イタチさんありがとうございました、なんだか立ち話にまで付き合って頂いて……」
「いや、気にするな。それより三階まで荷物を運ぶのを手伝おう」
「そんな…わ、悪いですよ」
「良いんだ、どうせ俺の自室はお前の部屋の隣だ」
「えっ」

発せられた言葉に固まる私を他所に、イタチさんは軽々とキャリーバッグを持ち上げてしまいました。

「ああ、悪いが団子の袋だけ持ってくれないか」
「………は、はい」

異性の方が隣部屋なんて耐性の無い私はどうしたらいいのでしょう、お祖母様、お母様。



20141002






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