なんて馬鹿らしくもうつくしい思考回路


「展覧会のチケット?」
「そうなのよ、急に行けなくなっちゃって…。でも勿体無いからえつこにあげるわ」

スマートフォンの向こうからは心底残念そうな声。私の手元には封筒に入ったチケット。
電話の主は私の高校の時の同級生のお友達です。今は関西で保育士をしているのだとか。しばらく連絡が無いと思っていたら、今日いきなり私宛にこのチケットを送ってきたのです。

「でも良いんですか…?私が行っても…」
「良いの良いの!どうせあんたのことだから仕事ばっかの毎日なんでしょ?たまにはそういう芸術品でも見て癒されたら?」
「はぁ…」
「滅多に展覧会なんてしないのよ?その人形作家のって」

チケットを封筒から出して見ると「傀儡展」と大きな明朝体の文字の下に「赤砂」と作家の名前らしきものが書いてあります。
有名な方なのでしょうか?こういう芸術品に疎い私は名前を聞くのも初めてです。

「その代わりお土産買ってきてよね。ポストカードとかでいいからさ」
「わ、分かりました…」

なんだか半分無理やり決定されてしまった気がするけど、ちょうど先日大家さんから一日お暇を頂けることになっていましたし、何より私自身もお人形さんは好きなほうなので楽しみでもありました。
せっかくの機会ですし行ってみることにしました。





展覧会は街外れのビルの一つで行われておりました。会場はお客さんで溢れていました。私と同じ歳くらいの若い方が多くて、しかもお洒落な服装の人ばかり。もちろん私もお化粧や服にある程度気を使ったつもりなのですが、それでもグレーのワンピースにモスグリーンのコートというのはやはり周りに比べれば地味のように感じられました。
キラキラした人達に囲まれて私はちょっと肩身が狭い思いをしながら、会場に入りました。





「………」

展示されていたお人形を見て思わず私は固まってしまいました。…なんというかその、私がイメージしていたモノと遥かに遠のいていたからです。

お人形は数万点ほどというかなり多い数が展示されていました。
しかしそのどれもが生きているかのような生々しさ。しかも手足がタコみたいに八本ついていたり、お腹から鋭い刃が飛び出していたりという歪な形をしているのです。
人間を無理やり奇形に変形させたような人形たちは不気味すぎて、私はお化け屋敷に放り投げられたような気分になりました。

とりあえず一通り怖々見たものの、出口に出た時には近くのベンチにぐったり座ってしまいました。
お人形って、お人形って…もっとかわいいものではないのですか!?


「うぅ…夢に出てきそうです」
「へぇー、夢に?」
「そうですよ、それどころか眠れそうも……」

……ん?私ったら今誰と喋って…。

「よぅ、飯炊きクソ田舎娘」
「ぎゃああああぁ!!?」

首根っこを掴んだのは暁荘のサソリさんでした。いきなりのことに私は思わず下品な悲鳴をあげてしまいました。

「なんで、なんでサソリさんがいらっしゃるんですか!?」
「先に俺の質問に答えろ。なんでお前が此処にいる?」

私の頬を抓りながら眉を吊り上げて睨みつけてくるサソリさん。整ったお顔が鬼のような形相になっています。

「痛い!痛いです!わ、私はただお友達からチケットを頂いて来ただけです!」
「あぁ?」
「本当です!」
「………」

なんだそういうことかよ。
チッと舌打ちを一つしてやっと頬を抓るのをやめてくれました。なんて乱暴な人でしょう。
私は半ば涙目になりながら頬を摩り、「サソリさんこそ何故こんなところに?」と改めて聞いてみました。引きこもりのサソリさんがお外に出ているなんて、よっぽどの理由があるに違いありません。

「何故もなにも…展示品の作者がいちゃあ悪いのかよ」
「へ?」
「……知らないで来たのか」
「え、えぇー!?さ、サソリさんって芸術家さんだったんですか!?」
「俺を知らないとは…、本当に家事しか能が無ぇ田舎娘だなテメェは」

呆れたようにため息を吐かれてしまいました。だってサソリさん自分のこと何一つ話してくださらないんですもの、知らないのは当たり前です。
でも、まさかこんな大きな展示会まで開けるくらいの人形作家さんだなんて…すごいです。

「というか、“赤砂”なんて名前変わっていたら分かりませんよ」
「当たり前だ。俺はいわば覆面芸術家で活動してるからな」
「そうなんですか?なんでまた…」
「ずっと昔は顔晒してたが、ファンだのマスコミだの周りが五月蝿くなったからやめた」
「はぁ、なるほど…」

顔が美形さんだから熱烈なファンの方とかに付きまとわれたりとかしたのでしょうか?
……でも中身は人一倍恐ろしい人ですし、むしろサソリさんが問題起こしてそうな気が…。
時代劇の悪代官のようなサソリさんを想像していたら、「お前何か失礼なこと考えてるだろ」と怖い顔でまた睨まれてしまいました。


「……で、どうだった?」
「へ?」
「俺の作品についてだよ。一言ぐらい感想あるだろ」

いきなり無茶ぶりをされてしまいました。
なんなんでしょうかこの人は。さっきまで来てたことを知って怒ってきたではありませんか。なのに感想を言えだなんて…。

「感想も何も、なんだか全部怖かったです!」
「あぁ?怖い?」
「だから、私の想像してたお人形さんと違って怖すぎます!もっとシルバニアファミリーみたいな可愛いのにしてください!」
「芸術なめてんのかお前は」

ドスの効いた声で罵られ、また頬を抓られました。女性に暴力振るうなんて鬼ですこの方は。

「芸術とは永く美しく後々まで残っていく永久の美…そして俺の傀儡達こそが最もそれに近しい」
「……と言われても、芸術のことなんてよく分かりません」
「フン、凡人のお前には理解なんざ求めてねぇよ」

じゃあ感想なんて聞かないでくださいよ…。
思わずそう反論したかったけれど、また抓られるのは嫌なのでぐっと堪えました。

「いや、待てよ…」

しかし、何を思ったのかサソリさんはなにやら考え込むような仕草をし始めました。うーん、その姿だけなら本当のお人形さんみたいで綺麗なのに…。
しばらく見守っていますと、彼は顔を上げて私を見やるとにやりと嫌な笑みを浮かべました。

「恐怖ってことは一種の精神的刺激を受けたってことだ」
「は?」
「お前は恐怖という感情を傀儡に向けた。つまり心動かされてたってわけだな」
「へ?」
「お前は俺の芸術に恐怖したことで屈したんだ」

サソリさんの仰る意味がよく分からなくて、私は首を傾げたまま硬直するしかありません。反してサソリさんはなんだか確信を持てたような表情をしておりました。
同時に悪そうな顔にも見えます。

「お前をモデルに一つ傀儡作ってみるのもありだな」
「えっ!?嫌ですよあんな不気味なお人形なんて…」
「腹が裂けて腕六本飛び出す仕掛けとかな」
「ひっ!?」

嫌な笑顔のままそんなおどろおどろしいことを言うサソリさん。

あぁ……もしかしてこの人、私を恐がらせて愉しむことを思い付いたのでは。

やっとそう気付いた時には時すでに遅し。


「目障りなだけかと思ったら、案外面白い遊び方できるじゃねぇか」

気付いた時には抓られた頬をサソリさんが一撫でしていました。その手はすごく冷たくて、思わず身を震わせてしまうほど。
その様子を見て、目の前の整った顔は意地悪そうに歪みました。


神様、お母様、お祖母様、なんだか私は厄介な人にさらに目をつけられてしまったようです。


20150110

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