コンフィチュール消耗


暁荘はびっくりするくらい変わった住人さんばかりですが、大家さんは特に謎が多い方です。
名前が「ペイン」さんで、顔中ピアスだらけ。髪色は鮮やかなオレンジ色で、両眼は波紋のようにぐるぐると輪を描いています。普段はアパートにいらっしゃいますけど、たまにふらりとどこかへ出かけて行くこともあります。アパートの大家さん以外に何かお仕事をしているのかどうなのかも不明です。

「大家さんは不思議な方ですね」

いつだからか私がぽつりと零した時に、大家さんは読んでいた「ド根性忍伝・第六巻」というタイトルの本から顔を上げました。

「お前がそう思うのも無理は無い。何故なら俺は神だからだ」

平然と真顔でそんなことを仰るので、私は思わずぽかんと口を開けてしまいます。何かの冗談かと思いました。しかし大家さんの目は真面目そのもので、笑い事で済ませようものなら視線で射殺されそうな気迫でした。

「神様、ですか」
「そうだ。今日降っている雨は俺の痛みによる力なのだ」
「………」

確かにその日は雨が土砂降りでした。どうやら大家さんの頭の中では自分の力によるものらしいです。
えぇっと…、こういうのって何と言うのでしょうか。厨二病?もしくは電波?

「大家さん熱があるなら病院に行ったほうが宜しいですよ」
「えつこ、何故そんな哀れみの目を向けるんだ」

額に手を当てたら軽く叩き落とされました。
痛いですよ、大家さん。

「もう…じゃあ神様なら晩御飯に鍋料理と焼き魚ばかりリクエストしないでください」
「何故だ。美味いから良いじゃないか」
「偏食はいけません!」
「嫌いな食べ物はないから問題無いだろう」

ああ言えばこう言うとはまさにこのこと。無表情で揚げ足をとる大家さんはとっても大人げないと思いました。
私の言葉に少しムッとしたのか、大家さんは眉を顰めて持っていた皿洗いの手袋を私の手から奪いました。

「あ、ちょっと何を…」
「皿洗いをしてやろう」
「えっ、」
「その代わりに今日の晩餐は鍋にしろ」

そんなに鍋が食べたいんですか!
思わずツッコミをしそうになりました。いえ、手伝って頂くのは全然構わないのですが…。失礼ですけど大家さんは読書をしている姿しか見ていないせいか、家事ができる器用な人には見えません。少し心配です。

「本当に大丈夫ですか…?」
「神にできないことなど無い」







ええ、大家さんはできないことはないと言いました。あまりに真剣な顔つきで言うものだから私すっかり信用してしまいました。

「あの、大家さん…お仕事を増やしてほしいとは言ってません」
「………」

割れて粉々になったお皿たち、まだ残っているたくさんの洗い物……台所に広がる地獄絵図。俯いてうなだれている大家さん。
この人はなんなんでしょう…、もしかしたらこの暁荘の誰よりも厄介な人かもしれません。

「………すまない、えつこ」

けれど本当に申し訳なさそうに呟く大家さんはなんだか捨てられた子犬のようにいじらしいのです。きっと悪気があったわけじゃないだろうし、安易に責められません。
しょうがないですね…。

「…いいですよ、気にしなくて」
「………」
「それより怪我してませんか?」

私が聞けば、無言で頷くオレンジ色の頭。なんだか可愛らしい仕草に思えてしまいます。


「とりあえず私が大きな破片を片付けますから、大家さんは掃除機を持ってきて頂けますか?」
「いや、俺が片付けるからお前が掃除機を持って来い」
「えっ、でも…」

断わろうとした次の言葉は出ませんでした。
破片を拾おうとした手を大家さんに咄嗟に掴まれて、思わず固まってしまったからです。
冷たくて、少しがさついた、男の人の掌。慣れない感触に一気に私の頬は熱を帯びました。
前にイタチさんと握手をした時もそうでした。私は異性の方に手をとられるということだけで、ものすごく緊張してしまいます。

「これは俺の責任だ。それに、家政婦の手を傷つけるわけにはいかない」
「………!」

輪の刻まれた瞳で真っ直ぐ見つめられた私はうんともすんとも言えませんでした。
そして不覚にも大家さんの台詞に一瞬でもときめいてしまいました。
沈黙する私は肯定したものと捉えたのか、「分かったな?」と言い、手を離してくれました。いつもの無機質な声なのに、なんとなく子供に諭すような声音。
ずるい、反則です。そんな風に言われたら頷くしかないではないですか…!

私は火照った頬を押さえたまま、早足でその場を離れました。掃除機はどこにしまったっけ。場所なんて分かっているのに気を逸らせようとそんなことを考えることにしました。
…大家さん、貴方は厄介な人です。電波で厨二病の不思議な方なのにいきなり紳士的な態度をとるんですもの。

ぐるぐると考える頭の片隅で、今日は鍋料理にしようと決めてしまったのは大家さんの計略のうちなのでしょうか。



20141119

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