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「あれっ、小南さん」

その日は珍しく、小南さんが在宅なさっていました。今日はお仕事はお休みのようです。
声をかければ居間の長机に座っていた半身をひねって、振り返ってくれました。整った美しいお顔が今日も眩しいです。

「えつこ…」
「何してるんですか?」
「工作よ」

淡白な答え。そ、それは見れば分かります。
小南さんの手元をのぞき込むと、折り紙や色画用紙やのり、鋏が散らばっています。小南さんは器用なのか、折り紙で作った動物、折り紙の輪飾りなど見事な飾りが机の上に幾つか完成しています。

「小南さん手先が器用なんですね!でも何に使うんですか?」
「今度うちの図書館に近所の小学生が来る行事があるの。これはその飾りつけ」
「あぁ、なるほど…!」

小南さんは図書館に勤めている司書さんです。私も何度か行ったことがありますが、とても大きくて綺麗な図書館でした。あんな立派なところで働くなんてさぞ大変なお仕事なのだろうと思います。しかし司書さんってなんとなく厳粛なイメージがあったのですが、子供達の相手もなさるだなんてなんだか意外です。

「あの、良かったら私もお手伝いしましょうか?」
「………良いの?」
「大丈夫です、ちょうど手が空いてますし!」
「そう…じゃあ輪飾りを作るのをお願いしようかしら」
「はい!了解です」

たまたま仕事の手が空いていたので、私は小南さんのお手伝いをすることにしました。






折り紙で輪飾りを作り始めた途端、小南さんが「えつこ、」と呼びかけます。

「はい、なんでしょう?」
「アナタ、男に免疫無いのね」
「はい!?」

いきなりの指摘に思わず素っ頓狂な声をあげてしまいました。小南さんはそんな私に目もくれず、淡々と折り紙をしています。

「なんでいきなりそんなこと…」
「そうなのかと思って。分かり易いもの」
「そ、そうですかね…?」
「男ばかりのこのむさくるしいアパートでは苦労するでしょうね」

少しは慣れないと仕事に支障をきたすわよ。
冷めた口調で私にそう諭す小南さん。

「だ、大丈夫ですよ!すぐに慣れ…」
「あと付き合うのは止めときなさいね」
「つ…!?」
「将来性の無い男達ばっかりなんだから」

待ってください小南さん、どうしてそんな話になっているんですか。だってその、アパートの皆さんと付き合うだなんて、そんな…!

「わ、私は家政婦ですよ…?そんな、お付き合いだなんて、あるわけないじゃないですか」
「そうかしら?私は結構心配してるのよ。アナタがあの男達の誰かに絆されたりしないか…」

小南さんの手の中で折鶴が出来上がると共に私の顔が熱を発したのが分かりました。

「あら、顔真っ赤よ」
「そんなこと無いです!」
「えつこは初心ね」
「う、初心だなんて…。確かに男性の方にはあんまり、免疫は無いと思いますけど…」
「彼氏とかいたことないの?」
「あ、あるわけないじゃないですか!」

中高は女学校でしたし。
私は慌てて首を横に振りながら否定しました。

「そう言う小南さんはどうなんですか…?その、恋…とか…」
「……今は遠くにいるけど、恋人はいるわよ」
「!?」
「なんで驚いているのかしら」
「い、いえ、小南さんってあんまり男性の方とお付き合いするイメージが無かったので…。このアパートでも女性一人なのに凄く堂々としてるし、クールですし…」
「ここの男共が頼りないだけよ」

慌てて弁解すれば小南さんはポーカーフェイスのままそうばっさり言ってのけました。私は耳慣れないアバンチュールなお話に輪飾り作りどころではありません。
彼氏とかお付き合いとか、恥ずかしながら私はそんな色恋事とは無縁の人生を送ってきた身です。今更恋愛だなんて考えたこともありませんでした。

「私は家政婦のお仕事一筋です。今も昔もそんな…女の子らしいことなんて」
「……そう。私の心配しすぎだったようね」

けれど、と小南さんは伏せていた視線を上げました。

「仕事ばかりでは、まだ若いのに勿体無いわよ」
「そう、でしょうか…?」
「アナタが今のままで満足なら、別にそれはそれで幸福だけど。私は口出しする権利は無いわ」

小南さんの目はまた伏せられ、いつの間にかその手の中にはハートの形に折られた赤い折紙がありました。

恋。それは自分からはとても遠い世界の言葉のようでした。それが苦いものなのか、甘いものなのかも誰かを恋愛感情として好きになったことがない私は分かりません。

でももしこれから恋を、してしまったとしたら。
ふとそう考えてしまった瞬間、カーっと一気にまた顔に熱が篭るのが分かりました。
だ、駄目です!私ったらそんな、仕事以外のことにうつつを抜かすなんて…!祖母と母だって私を信用してここへ送り出してくれたのに…。きちんと仕事を果たさないと。
私は止めていた輪飾り作りの手を慌てて動かしました。



20141218

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