【ナマエの回想】

マジェントという女は決して美人ではなかったが人を惑わす生まれ持った素質みたいなものがあった。
口下手な私みたいなタイプの女とは違っておしゃべりで口達者。冗談も、甘言も、そして嘘も、ぽんぽん口から出てくる。加えて人懐っこく甘えるフリも上手だったから何人も男は骨抜きにされた。男ってやつは変にガードのかたい女よりちょっと尻軽な女のほうが好きみたいだ。
全く私とは正反対のタイプのくせに何故だかマジェントは「同僚だから」という理由でベタベタひっつくようになった。

あの事件があった日もマジェントは休日に私を無理矢理引っ張って帽子の仕立て屋に連れていった。素行や喋り方から見ても育ちが悪いことは丸分かりなのに、マジェントは身なりだけにはお貴族様みたいに気を使っていた。服とか化粧とか靴とか。
それにならって、わざわざ仕立て屋で帽子(しかもなぜか男物のシルクハット)をオーダーメイドしていたらしい。私は早く帰りたいな、と絶えずうんざりしていた。
事件が起こったのは店を出てからだった。
私達二人の前に男が出てきた。待ち伏せをしてたみたいでやけに小綺麗な格好をしてニコニコしていた。そしてマジェントに向かって「やぁ」って声をかけてた。二人は知り合いらしかった。
男はなんだか知らないがマジェントに自分と一緒に故郷に帰らないかって誘ってたみたいだ。身なりも良かったしきっと実家はお金持ちの農場主かなんかなんだろう。二人の会話(実際は男が一方的に話してただけだ)に全く関係ない私はそっと去ろうかと思った。マジェントに連れ回されて脹脛もパンパンで疲れてたし早く宿舎に帰りたかった。
だけどマジェントがいきなり私の腕をガっと掴んで「ここは人目につくから場所変えようぜ」って言い出した。あっという間もなく私は彼女に引きずられていた。その時に横顔を見たけどいつもヘラヘラしてる顔とは打って変わって無表情だったのに吃驚した。マジェントが怒ってるのかうんざりしてるのかはよく分からなかったけど悪い予感しかしなかった。
きっと背後からついてくるあの男に何かするつもりだ。
そう思った。……(長き沈黙)

予感は的中して、路地裏に入った途端にマジェントは男の口にピストルを突っ込んだ。固まってる私の目の前でその口に向かって全弾発射。けたたましい銃声と飛び散る血飛沫、ツンとする火薬の臭い。見慣れたはずの殺しの現場なのに思わず背筋がゾッとした。
「三、四回セックスしただけなのに彼氏面しやがって…ムカつくんだよ。きもちわりぃ野郎だなほんと」
あーイライラする。
いつもの甘ったるい猫なで声と正反対の、低いドスのきいた声でそうブツブツ呟きながらマジェントはクセの強い濡れ羽色の髪を掻き毟っていた。そして呆然と立ち尽くしてる私にやっと気がついたみたいに顔を向けると目をぎゅっと細めた。口角が歪んだ、奇妙な笑い方だった……。(再び長き沈黙)
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