大統領邸へ赴くとマイク・Oに会った。当たり前だ。彼は刺客でもあるが大統領の一番のボディーガードだから、公邸に行けば必ず顔を合わせることになる。

長い廊下の向こうから歩いてきた黒人は、私を見るなり少し眉を顰めて足を止めた。思わずその顔を見て、少し距離をとって立ち止まってしまった。

マイクには何回か叱責を受けたことがある。元はといえば、報告書を出すのを忘れたり、大統領のお昼寝中に廊下を走ったりした私が悪いのだが。しかしそれにしてもマイクの叱咤は厳しい。「お前はこのアメリカ合衆国の大統領に仕えているという自覚が足りない」「お前ごときが大統領の妨げになることは許されない」
マイクは真面目で堅実な人物なんだと思う。しかしそれが時たま行き過ぎる。そういう面が私は少し億劫に感じるのだ。

「こんにちは、マイク・O」
「大統領に呼ばれた世界か?ナマエ」
「えぇ…多分今度のスティールボールランレースについてのことだと思うわ」
「そう、か」

彼はそう言いながらも頭からつま先までをじっと眺め始めた。
なんだろう、また何かまずいことをしただろうか。私は思わず硬直した。
マイクの鋭い目から逃げるように視線を泳がせる。視界に広がる極彩色。周りに漂うバブル犬たちは一見カラフルで可愛らしいが、内に潜ませた凶悪な釘で刺されたらと思うとゾッとした。
するとしばらくしてマイクはいきなり私の足元にしゃがみこんだ。丸まった大きな背中に困惑する。

「あの、どうしたの…?」
「じっとしていてくれ」

彼の手が私の足首に触れた。私の体に力が入る。誰だって異性にいきなり足を掴まれたらそうなる。
今日は膝上丈のデニムスカートを履いてきてしまったから下から見たら中が見えないか心配で、思わずスカートの裾を押さえた。もっとも、真面目人間のマイクがそんなやましい真似をする筈が無いのだけれど。
ただちょっとこの状況はいかがなものか。なんというか、恥ずかしい。

「これでいい世界だ」すぐにマイクはそう言って立ち上がった。いったいなんなのいきなり。私がそう問えば、彼は私の足元を指差した。

「靴下が片方ズレていた世界だ。大統領に面会するというのに、もう少し身だしなみに気をつけろナマエ」
「は、はい…?」

足元を見やれば、白のハイソックスがきちんと左右高さが揃っている。わざわざ直してくれたらしい。しかし寄宿学校の生活指導の教師じゃあないんだから、こんなに細かいところまで注意して見なくても…。私は思わずマイクの病的な几帳面さに顔を顰めた。

「あぁ言ったそばから、」
「えっ、ちょっと、もういいわよ」
「お前がよくても私が気持ち悪い世界だ」

襟が曲がっているし、ボウタイが解けかかっていると長い節ばった指が伸びてきた。抵抗しようとするがあっさり払われる。マイクの真剣で少しこわばった顔に圧され、私はまた硬直化してしまった。
いつになったらこの人から逃げられるんだろうと考えながら視線を泳がせた。シミ一つない手入れされたカーテンや絨毯が目に入る。まさかマイクが掃除しているのだろうか。ひやりと冷たいものが背を這った。
まさか…ね。



不完全恐怖(不完全強迫)
20150831

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