※嘔吐表現注意

うまくできた。
口の中でフレンチトーストを咀嚼しながらそう思った。卵を染み込ませたパンに、甘いメープルシロップをたっぷりかけたそれは食べた瞬間、口いっぱいに甘さが広がる。前はうっかり焦がしてしまったのだが今日は大丈夫だった。うん、おいしい。
マジェントは、どうだろうか。恐る恐る顔を上げた。
片膝を椅子に乗っけて、行儀悪く座る彼はなんでもないような顔をして食べていた。一噛み二噛みしてすぐ、冷えた水を口にする。ごくりと飲み込んで、私に笑みを向ける。しかしやっぱり嘘臭く見えた。マジェントは馬鹿だからか、演技もそんなに上手くない。

「ナマエの料理はやっぱりうまいなァ」

うまいって言いながらナイフとフォークをすぐ置く。口元は笑ってるが、目は若干泳いでいる。やっぱり私がどんなに「おいしくできた」と思ってもマジェントにそれを味覚で伝えることは難しいらしい。彼のビョーキは私の料理でどうにかなるほど容易く治るものではないのだ。
するとすぐにマジェントの眉間に皺が寄る。口角が段々下がっていく。彼曰く、「間違えてガキの頃クレヨンでも齧った時みたいに気持ちが悪い」状態のサインだ。

「ごめ、ちょっと」

無理しなくていいよ。
そう言い終わるか終わらないうちにマジェントは椅子から立ち上がってトイレへ走っていた。狩りから逃げるうさぎみたいに速くてびっくりしてしまう。一瞬だったが口元を押さえる筋張った手が目に入り、ああやっぱり料理を食べさせようなんてやめときゃ良かったかなと思った。
ナイフとフォークを置いて、私は席を立った。ついさっきまであんなに美味しいと思えていたフレンチトースト。もう今は食欲がすっかり失せてしまっていた。


「大丈夫?」

マジェントは指を喉奥に突っ込んで、胃の中を便器へ吐き出すのに忙しいようだった。冷たい陶器の縁にしがみつく指は白くなるほどこわばっている。
私はその丸まった背中を摩っていた。服越しに掌に肩胛骨が少し当たる感覚。また、痩せた気がする。こんなモヤシ体型で大統領の刺客なんて務まるのだろうか。本当に気持ちが悪そうに吐くマジェントの声と汚い水音を聞き流しながらそんなことをぼんやりと思う。
でもきっとやめられないんだろうな。


満足するまで吐き終わってからタオル越しにくぐもった声で「俺の方こそ、悪い」とマジェントは言う。かわいた笑いを零すが、全然苦しそうな様子が隠しきれていない。「気にしないで」私のほうがもっと上手に笑えるわ、というふうに私も笑っておいた。

「嫌いにならないでくれよ」
「ならないわよ」
「俺、お前のこと好きなんだぜ」
「うん」
「マジでごめんな、ごめん」

ごめんを必ず言ってくれるマジェントだけど、だからって食べ物を吐くのはやめない。
それでもマジェントは子供みたいに私に縋りついて、何百回目のごめんを呟いた。とりあえず私はいつものように癖の強い髪の毛を撫でて宥めた。料理を作って、吐いたら泣いて、謝って、私がそれを宥めて…。その繰り返し。

「ナマエお前って優しいよな」
「マジェントが優しいからだよ。吐いちゃうけどいつも頑張って一口は食べてくれるじゃない」

彼の治らない吐き癖には既に参っているのに、どうしてか彼に縋られるともう少し頑張ろうかという気になってしまう。こうして私はまた明日のフレンチトーストは今日より上手くできますようにと願うのだ。



拒食症
20150816

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