「いや、いるんだ」

食べ終わったアイスクリイムのカップの積み重なったゴミを「捨ててもいいでしょ?」と聞いたらアクセルは真顔でそう言った。自然と、自分の唇がぐにゃりと歪むのが分かった。

「あんたさぁ、そのセリフこの部屋見回してもう一回言ってみなよ」

片手に持っていたゴミ袋を振り回して言ってやった。私とアクセルを取り囲むのは積まれて溢れかえってる物の山。積み重なってる古新聞とか割れたビンといった細々した物から、関節が曲がって倒れてるマネキンみたいな大きくてどこから持ってきたんだか分からない物体も埋まってる。ただ、私から言わせてもらえば全てゴミだ。ただのゴミ。
アクセルはそんな塵溜めの部屋で平然と暮らしている。たまにこうやって私が片付けにきても、あれは捨てるなこれは要る物だって邪魔してくる。だから一向にこの部屋が綺麗になったことはない。
彼のこの片付けられない癖は、ただの面倒くさがりとかじゃなくて、多分…一種の病気だ。

「足の踏み場はないし不衛生だし、ちょっとでも片付けようとは思わないの?」

床が見えないほどのゴミたちに足を取られそうになりながら、本来キッチンである筈のシンクに腰掛けているアクセルを睨む。大統領から支給されてる部屋だから、広さは申し分無いほどあるはずなのに、塵溜めのせいで彼の座る場所はそこにしかない。

「お前が勝手にやって来るんだろう」
「あんたゴミに埋もれて死にたいの?」

余計なお節介だと思うが、流石にこの有り様は心配する。だから定期的に私は彼の部屋へお邪魔して、こうして片付けをしている。念の為言っておくと私と彼はただの仕事仲間だ。恋人同士でもなんでもない。
自分でも変な付き合いだとは思うが、なんとなくこの塵溜めの住民を放っておけないのだ。
アクセルは刺客の中でも腕利きのスタンド使いだというし、彼が不衛生で死んだりでもしたら大統領の戦力が大きく削がれるから……なんてもっともらしい理由を頭の中で構築しているが、結局それも自分の本心とは違うような気がしてならない。


ゴミ袋片手に歩き回る私を見ながら、アクセルは深緑のヘルメットの奥で訝しげに眉を顰めていた。またそんな顔してると皺が増えるぞ、おじさん。この人の年齢が幾つかは知らないが南北戦争に参加してたらしいから多分、私より2回りくらい年上だと思う。だからおじさん。怒られそうだから、声に出しては言わないけど。

「これもゴミでしょ」
「いや、」
「捨てるよ」

アクセルが駄目と言う前にゴミを袋に突っ込んでいく。しゃらしゃらと袋が擦れる音が耳に心地良い。
嗚呼ほんと、私ったらなんでこんなゴミ箱男の面倒なんか見ているんだろうか。そう考える頭とは逆に手は転がった空きビンを拾い始めている。茶色の硝子に映った自分の顔はなんだか窶れて見えた。

「捨てられないだろう?」

いきなり聞こえてきた声に肩が上がった。ゴミ袋から顔を上げれば、アクセルの真っ黒い目と目が合った。さっきまで濁った色をしていたのにいつの間にか爛々と光っているように見える。

「捨てられないだろう、ナマエ。この私が」

名前を呼ばれてひやりとしたものが背筋に走った気がした。アクセルを捨てられない?私が?いやまさか。意味がわからない。まるで私が離れられないみたいな言い方だ。
そもそも私達はただの仕事仲間で、放っておけないからこうして掃除しに来ているだけで…。
言葉の意味を飲み込もうとしているうちに、無骨な皮のブーツがゴミの山を崩して私に歩み寄っていた。後ずさりする間も無かった。気付けば独特のペイント模様をした顔が間近にあった。既に心臓がバクバクと音をたてているのが分かった。
“ただの仕事仲間”で“放っておけない”おじさんになんでこんなに緊張しならなければならないのか。自分が分からない。捨てられない、なんて。
瞬間、唇に柔らかいものが触れた。
臭気漂うゴミに囲まれ、口を塞がれる感覚は最悪そのものだったというのに、私は溺れるように目を閉じていた。

これは彼の仕組んだ罠なのか、それとも私自身の本心なのか、確かなことは分からない。



片付けられない症候群
20150804

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