「そんなもの食べられない」
ウェカピポさんにサンドイッチの差し入れをした時、ひどく青ざめた顔でそう拒絶された時は驚いたしショックだった。ウェカピポさんは無口で真面目で、あまり社交的な人ではなかったが理由もなく相手を傷つけるようなことを言わない。そんな人なのに何故。
ほんの些細なことにも関わらず、何か私が気に障ることをしただろうか、彼は私のことを嫌いなのだろうかと悶々と悩んでいた時期があった。
しかし原因はすぐに分かった。ウェカピポさんは異常なほどに潔癖だったからだ。彼は注意深く観察していれば、それは目に見えて日々の行動に表れていた。
例えば、武器である鉄球が敵の血液で汚れたら何度も乾いた布と濡れたタオルで交互に拭き、消毒液のようなものを吹き付ける。もし自分の手がちょっとでも汚れた場合は掌が赤くなるまで石鹸で洗い続ける。彼愛用の煉瓦みたいに大きな石鹸は一ヶ月そこらですぐに無くなってしまう。爪の白いところが少しでも伸びたら僅かでも残さないように切る。
回し飲みなんて絶対しない。食べ物だってもちろん食べている途中だろうと他人がつついた料理はそれ以上絶対に口をつけない。
ウェカピポさんの徹底した潔癖は病的に深刻であった。

水道をジャージャー勢いよく流しっぱなしにして、手を真っ赤になるまで洗い続けているウェカピポさんには私には見えない悪い虫やバイ菌でも見えているのだろうか。「落ちない、血が、落ちない」とうわ言のように呟き続ける彼がとても痛々しくて見ていると泣きそうになった。
噂ではウェカピポさんは祖国から追放されたらしい。なんでも、国の重役の息子の頭部を自慢の鉄球で破壊してしまったからだとか。唯一の家族であった妹さんは亡くなったらしい。彼はアメリカに来てからずっと一人だ。
精神的に何かしらやられていてもおかしくない。潔癖症はその一端だろうか。

「ウェカピポさん」と名前を呼べば「何だ」と背を向けたまま呼吸の荒い、苛立ったような返事が返ってくる。彼は見えない何かを落とすのに必死だ。

「抱きしめてもいいですか」
「駄目だ」

即答されて、ウェカピポさんの背中に伸ばしかけた手が宙で釘付けにされる。行き場の無いこの両腕がもどかしい。私は唇を噛み締めながらそのまま彼の背を見つめていた。
水道の音がさっきより大きく聞こえて耳障りだ。



潔癖症
20151001

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