「大統領が大切なハンカチを官邸内で紛失された。見つけた者は必ず私に届けるように」

なんて大袈裟な。
マイク・Oがホワイトハウスにいる召使や刺客数人に重大な報せをして回っていると聞いていたが、まさか大統領の落し物探しだなんて。この職場では落し物をしたら国家総出で探すのが普通なのだろうか。
呆れたというのが顔に出ていたのか、マイクは凛々しい眉毛を吊り上げて「いいか?お前が思っている以上に事は重大な世界なんだぞ」と厳しく叱咤してきた。はいはい大統領護衛官様の仰せのままに。
できれば届け出るのが面倒だったから見つけたくなんかなかったけど、ハンカチは私が見つけてしまった。ホワイトハウスの裏庭の方にある溝に挟まっていた。たぶんメイドの洗濯物から風に煽られて落ちたんだろう。
拾い上げると、模様のない白い無地の生地に「1847年9月20日」と刺繍されただけのハンカチだった。その日付けの意味を、私は知らなかった。

「見つけてくれたのは君か。ええと、ナマエだったかな名前は」
「……はい」
ハンカチを届け出た後、大統領に呼び出された。本当に大袈裟だ。
大統領執務室の柔らかすぎるソファの座り心地の悪さにそわそわしながら思った。ここに座るのは刺客として呼び出された日以来だ。
どうにもこういう格式高そうな雰囲気が漂う空間は慣れない。ベルベット生地の感触も、部屋に飾られた花の香りも、窓から差し込む明るい陽射しも、すべて。いちいち測ったように大統領その人のために見立てられているかのような気がする。この場所が異質だと思うのは私だけだろうか。
「見つけてくれて本当に感謝する」
私の目の前に座る大統領は血統書付きのネコみたいに満足そうに微笑み、件のハンカチを右手で撫でさする。唇から覗いた象牙のように白い歯が眩しい。
大統領と目通りするのはこれが初めてではないが、やはり人並みじゃない空気を持っていると感じた。思わず身震いする。
「そう…ですか、とても大切な物なんですね。見つかって良かった」
「その通りだよ。これが手元に無いと、どうにも落ち着かない」
「え、あ、はい」
「戦争で亡くなった父が幼い私にプレゼントしてくれた物でね…」
当たり障りのない話をして切り上げようとしたが、大統領は意外にも食いついてきた。
まるで手について離れないというみたいに持ったハンカチが、視界の隅で白く動く。なんかシーツのお化けみたいだ。
「このハンカチは、私の身体の一部みたいなものだ。一寸でも手放せば苦痛が伴う。私が昼間30分だけ睡眠を必ずとるのを君も知っているだろう?あの時もこれが手元に無いといつまで経っても寝付けない。夜だってそうだ。瞼の裏に虫でも這ってるみたいな居心地の悪さで深夜3時まで悩まされたこともある。
睡眠だけじゃあない、このハンカチ無しで外出した時には不安で仕方なくなる。どんな会議中であろうと土砂降りの日の湖面のように心が落ち着かない」
まるで取り憑かれたかのように熱をあげて喋り出したかと思えば、ぷつんと言葉を切る。壊れたラジオみたいで、その言い知れぬ不気味さに心の表面が粟立つ。
「さてナマエ、お前にはどんな褒美をとらせれば良いだろうか」
眩しい金色が目に痛かった。



ブランケット症候群
20160226

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