パッショーネに入団が決まって暗殺チームに配属されるまでそう時間はかからなかった。
「まだまだケツの青いマンモーニだが、スタンド能力だけは暗殺向きだ」ぱっとしないただのチンピラのオレをプロシュート兄貴がそうリーダーに推薦してくれたお陰だ。

入ってすぐにメンバー達の紹介された時、ナマエを初めて見た時はそりゃあびっくりした。なんでこんなガキがパッショーネの暗殺チームにいるのかってさ。

「あんたが新人?あっそう」

ナマエは本から顔も上げずにそれだけ言ったのをよく覚えている。生意気な小娘、とはもちろん思った。ただそのちっこい顔に付いた両眼がやけに濁っていて、そこだけ70とか80の老人みたいで怖かった。まるでなんでも知り尽くしてるみたいで…。
オレは10歳の女の子を相手にその時、なにも言い返せなかった。

そのことを後から話すと、プロシュート兄貴は腹を抱えて笑った。笑いすぎて指に挟んだ煙草がオーダーメイドのスーツに燃え移らないか心配だった。「お前の言い方…!ギャハハハ」「まるで妖怪みてぇに…ぶっ、ハハハ!!」零れた白い前歯が眩しい。一通り笑ってから兄貴は涙を拭いながらオレに言った。

「ナマエはよ…ペッシ。ガキはガキだが生まれた頃からこっちの世界にいるんだ。経験だけなら古参の俺やリゾットにも劣らねェだろうよ。俺はそこだけは認めてる。
まぁ…根っこが腐ってて意外とすぐにプッツンくるところは最っ悪だがな。」

はぁそうなんですかい、と相槌をうちながらオレはなんとなくその言葉を信じてしまった。オレをチームに引き入れてくれた、尊敬しているプロシュート兄貴の言葉だからということもあったが、なによりナマエのあの目は普通の子供には無いただならぬものが潜んでいるようで…真実味があった。





それから数日して、ナマエと組んで任務を任されることになった。任務内容は「ターゲットの捕縛、そして情報を聞き出すこと」
リーダーの口から出た“殺しはナシ”という点に内心ほっとしていたのもつかの間、ナマエからは容赦なく舌打ち。「なんであんたが立ってるのよ」とでも言いたげに睨み上げられた。

「子守りはプロシュートの仕事でしょ」
「別件で今はいない。特別難しい案件ではないから新人でも大丈夫だろう。それにペッシとお前の能力なら捕縛に向いている」
「……“尋問”ならホルマジオの方がお得意じゃなくて?」
「彼奴はいつも遊びすぎで時間がかかる。……文句を言う暇があったら早く行ってこい、駄々をこねるなんてお前らしくないぞ」

黒の木製のデスクに座ったリーダーは少し意地悪そうな口調でナマエを諌めた。ナマエは不機嫌そうな青白い顔を益々曇らせていた。ボソボソと何か口の中で呟いていた。「stronzo(クソやろう)」とだけ聞こえた。他は聞き取れなかったけど、たぶんもっと下品な文句を言っていたのだろう。
それからすぐ「行くわよ」とコート掛けから鼠色のジャンパーをひったくって、ナマエは部屋を出て行った。オレは一瞬躊躇ったが、慌ててその小さな背中を追っかけた。





「あんたの釣針ってなかなか応用がきくのね。プロシュートが大袈裟に吹聴してるだけかと思ったけど、ちょっとは見直したわ」

ナマエはオレをそう褒めたが、ぴくりとも動かない表情と棒読み台詞みたいな口調で言われてもイマイチ信用性が無い。ただターゲットを捕まえる前までとは明らかに機嫌は良くなっているのは事実だった。目的場所に行くまでなんか一言も口きいてくれなかったし…。

「この豚やろうを捕まえたのはあんたの手柄よ、良かったわね」
「あ、ありがとう」
「敬語」
「ありがとう御座いやす」

ターゲットは太った中年男だった。脂汗をだらだらと垂らしてワイシャツの襟ぐりに染みができている。オレの「ビーチボーイ」の針が口に食いこんだまま“拘束”されているんだから無理はない。いや…“拘束”といっていいのか?
オッサンは床に食われているような格好で磔にされていた。手足を盛り上がった床板が挟み込み、大きな胴体もまるで怪物が口を開けて舐めているみたいに床板が体に沿って歪み、押さえつけていた。
ナマエの「ファンハウス」がこのオッサンの部屋を操って捕まえているのだ。キーが無くても簡単に内側から鍵をかけられるから、この部屋には俺達以外入って来られない。…暗殺向きの応用が効く能力にこの周到さ、やっぱりただのガキじゃあない。


「単刀直入に聞く。貴方…うちの組織につきまとってる殺し屋達と繋がってるそうじゃない。棲家はどこ?」

ナマエがオッサンの側に屈み込み、尋問を始める。オッサンが無言を貫いてると手足を縛る床板がギギギと軋む音をたて、圧迫を強める。たちまち悲鳴が部屋に響いた。

「早く答えないと手足へし折るぞ」
「…こ、こんなことをして…私が殺されたと知ればお前達の方の命がないぞ!」

ペキンッ
オッサンの右手が折れる音がした。ぎゃああぁと長い悲鳴があがる。青紫色と緑が混じった手首が痛々しい。

「事故死にしておくから大丈夫。馬鹿でかいシャンデリアを飾っておいて良かったわね。あれのネジが緩んで落下、押し潰されて圧死にするわ」

喋れば助けてあげるけど。
部屋を照らす豪華なシャンデリアを指差しながらナマエは肩をすくめる。オッサンはきっと恐怖で縮み上がっただろう。汗がさっきの倍以上吹き出している。ただまだ口を割ろうとする気配が無い。よっぽど自分の囲っている殺し屋達に報復されるのが怖いのか。

「まだ言う気にならない?」お下げ髪が揺れた。
するとオッサンの顔の近くの床板が一枚バキバキと外れる。先には長い釘が2本刺さっているままだ。その板がオッサンの口に添えられる。まるでバールのように飛び出た釘を前歯に当てていた。ああ嫌な予感がする。

「歯医者は嫌い」

歯茎から歯を抉り取られそうでしょ。
床板がバネのように勢いよく持ち上がる。つんざくような悲鳴。赤い血と飛んでいく白い歯。
思わず喉の奥から漏れるヒッと上擦った声。オレはギュッと目を瞑ってしまった。





結局オッサンはシャンデリアの下敷きにはならなかった。あれから左足首を折られ、三本目の歯を抉りだされてやっと口を割った。
オレは途中から尋問の様子を直視出来なかった。プロシュート兄貴だったら「なにビビってやがんだ」って蹴られそうだ。

ナマエは相変わらずポーカーフェイスを崩していなかった。オレの隣に並んで歩く横顔はすっと前を向いたままで、何を考えているのかよく分からない。
人をあれだけ痛めつけた後だというのに何も感じないんだろうか。兄貴とかリーダーとか、大の大人の男なら分かるけどナマエはまだ子供だ。10歳の、小さな女の子。
プロシュート兄貴が前に言っていた。「もう人を殺すことに対して罪悪感だとか気持ち悪いだとかの感情なんて持ち合わせちゃいねぇが…どっ、と疲労感だけは今だにくるんだよなぁ。人間の体ってのは厄介にできてるもんだな」兄貴の肩こりと疲れ目が治ったことはない。


「疲れてないんすか?」
「五月蝿い、放っておいて」

足を引きずるようにして歩いていたから気遣って声をかけてやったのだが、ぴしゃりとはね返された。
しかし、出る時はきちんと整えられていた三つ編みもだらしなく崩れ、靴のリボンだってほどけたままのナマエはどう見ても疲労困憊しているように見えた。中身がたとえギャングで、生意気で、拷問も平気でやる腐れ外道でも子供には違いない。体力もそんなに無いはずだ。それにこんな街中で倒れられたらオレだって困る。

「失礼します!」と一応声をかけてナマエを後ろから勢いよく持ち上げた。想像してたより軽くて、ちゃんと飯食ってんのかなぁと頭の片隅で思った。
ナマエは大きな声とか暴れるとかはしなかった。一瞬、見たこともないくらい目と口をまん丸にして、それからじわじわと怒りを露にしてにしてオレを睨めつけた。広いおでこと耳たぶの無い薄っぺらの耳がトマトみたいに赤くなっている。

「……どういうつもり」
「いや、ナマエ疲れてるみたいだったんで…ほらアジトもうすぐだし、ちょっとの間ですよ!」
「……」

アジトがある建物の灯が暗闇の中にぼんやり見えたので指さす。しかしそれでナマエの機嫌が良くなるはずもない。暴れはしないものの口の中でもごもごと汚い罵詈雑言を呟き始めた。「この家畜にも知能が劣る塵芥が」「母親の子宮に頭突っ込んで窒息死しやがれ」「この田吾作が」
耳元でこんなのをBGMに聞くオレの気持ちにもなってくれ。はいはいもうすぐ着きますから〜と宥めながらアジトまで全力ダッシュしたのを覚えている。





「絶対許さないから」

そう言われたのは次の日の朝で、歯を磨いてる最中だというのにナマエはお気に入りの紺色の靴で脛を蹴ってきた。思わず歯磨き粉を飲みそうになった。

「いてて…だって今にもふらぁ〜って倒れそうだったんでつい…」
「うるさい。余計なお世話。…もうあんたなんて知らない」

ツンとそっぽを向かれてパタパタ走り去っていくナマエを見ながら、隣で髪を念入りにセットしていたプロシュート兄貴が意外そうな顔をしていた。

「アイツ珍しくガキみてぇにギャーギャー言ってんのな」
「そうなんですかい?オレには全く…」
「マジで嫌ってる奴には口だって開かねェんだぜアイツ。てめぇもガキに懐かれたんじゃあねぇのかペッシ?」

良かったな〜!
兄貴がおちょくったようにそう言ったが、明らかにオレにはナマエにめちゃくちゃ嫌われたとしか思えなかった。

ただ「もう知らない」と言ったわりには数時間後にジェラートを奢れ、買い出しに付き合えと命令されたのでおそらく大丈夫なんだなと思うことにした。
これがオレのよくわからない小さな先輩の話だ。



20150910
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