ナマエには子供らしさといったものが見当たらない。年齢はまだ十歳。十歳の餓鬼といえば好奇心と無邪気の塊のようなものだがナマエの場合は真逆だった。
生まれた時からギャング育ちに関わらず、頭の回転と知識も餓鬼のそれを越えていて何に対しても「私はそれを既に知り尽くしているから退屈で仕方無い」といった顔しかしない。下手したらそこらの学の無い大人より博識かもしれないが、そのせいで好奇心や興味といった感情が枯渇しているように思える。
一度「赤ちゃんはどこから来るか」という質問をメローネが巫山戯て聞いたことがある。普通の一般的な十歳なら「コウノトリが運んでくる」なんて可愛らしく答えるところだが、ナマエは「セックスに決まってるじゃない」と真顔で答えた。あれには思わず俺を含むメンバー全員が舌を巻いたのを覚えている。
それほどナマエという奴は子供らしくないのだ。例えるなら子供の皮を被った偏屈な老人だ。プロシュートの奴に見た目も相応にしてもらったほうが良いんじゃねぇか、と俺はいつも思う。







パッショーネのギャングには大抵表と裏の顔がある。裏では麻薬を売りさばいてる奴が表では朝市で果物屋をやっていたりなんてのが普通だ。
ナマエの表の顔は「近所の小学校に通っている一般家庭の子供」だ。だから一週間のうち五日はきちんと早起きして登校したり宿題をしたりして過ごしている。
それだけなら何も問題はない。しかし厄介なのは小学生には保護者が何かとついていなければならないことだ。ランチに食べる弁当を作り、登下校の際には保護者が必ず送り迎えをする決まりだ。学校で保護者会があればそれにも出席しなければならない。
ナマエにはもちろん両親はいない。仕方が無く保護者の代わりをギャングである俺達がやっている。全く笑えない冗談だ。


今朝は俺が車でナマエを学校まで送っていく番だった。朝早くに支度をしてアジトに行けばナマエは朝食のスクランブルエッグをオレンジジュースで流し込んでいる途中だった。喪服みたいな黒いワンピースにメリージェーンシューズを合わせ、髪の毛をぎちぎちに結んだ頭は相変わらずハイジに出てくるロッテンマイヤーみたいでおかしかった。「早くしろよ」と声をかけると同時に思わず吹き出すと「その鼻っ柱へし折るわよ」と墨みたいな黒い目が睨んできた。おお怖い怖い。

朝食を食べ終わり、ナマエはキッチンにいたソルベとジェラートから洗い物の食器と交換でランチを受け取る。茶色の紙袋に入った中身をちらりと覗けば今日はトマトとクリームチーズのベーグルサンドらしい。相変わらずソルベとジェラートの料理は美味そうだった。朝昼とそれを無償で食べられるナマエはこの時ばかりは羨ましい。

「いつもありがと、ソルベとジェラート」

紙袋をスクールバッグに入れて礼を述べる。礼儀は年齢のわりによくできているが、ぶすっとした陰気な顔つきではきっとマナー講師からはマイナスを付けられるだろう。
ちょっとは笑えば可愛げが出るってもんなのになァ、と思っていたらまた睨まれた。







「あんたここに女連れ込んだでしょ」

車を学校へと走らせ、赤信号で止まっていた時にいきなりナマエがそう切り出した。図星だった。助手席に座るナマエを見れば、座席の下から何やら萎びたクラゲみたいな物をつまみ上げていた。くしゃくしゃに丸められたそれは女物の黒のストッキングだった。
脳裏につい先日ここに座っていた娼婦の姿が浮かぶ。

「仕事の車でヤるなんて良い趣味ね」
「馬鹿、違ェって」
「隠すならもっと上手くやりなさいよ」

慌てて手を伸ばしてストッキングを取り返そうとすればひらりとかわされる。その時タイミング悪く信号が青に変わってしまい、両手をハンドルに置いて諦めた。
ナマエはストッキングを伸ばしたり丸めたりしながら不潔なものでも見るかのような目で俺を横目で見る。

「リゾットが知ったら怒るわよ、絶対」
「……チクるんじゃあねェぞナマエ」
「口止め料」

この生意気な糞餓鬼が。
さも当然というように投げつけてくる無遠慮な要求に思わず舌打ちした。ナマエがスタンドも持たないただの一般人の子どもだったなら胸倉を掴み上げて脅しつけているところだが、悔しいことにこいつは普通の子どもとはひと味もふた味も違う。脅かしてどうにかなるタマじゃないのだ。
助手席に座る胡桃みたいに丸い頭のつむじを歯痒く睨めつけながら熱いため息を吐いた。あの神経質なリゾットにバレてスタンドで死ぬほど剃刀を吐かされるのは御免だ。仕方が無い。

「分かった分かった。じゃあ俺は何すりゃあ良いんだ?」

了承した途端、ナマエがつっとこちらに顔だけを向ける。近くで見るとその肌は病的に青白く、唇は氷水にたった今突き落とされたかのように紫色に染まっていた。ナマエがヴェネツィアから連れて来られてからもう四年も経っているが、こいつは今もヴェネツィアの極寒の冬に生きているのではないかと錯覚する。

「1ヶ月、あんたが送り迎えの時は帰りにジェラートを奢ること。それと仕事がない時はドールハウス制作に付き合って」

ドールハウスという単語が出てきてああ、またかと思った。
ナマエの趣味はその捻くれた性格に似合わず、小さくて細かい模型を作ることという可愛いらしいものなのだ。しかし一人でお人形ごっこをしてるならまだいいが、それを俺にちょくちょく手伝わせようとするのが厄介すぎる。リトル・フィートで小さくなれる俺はドールハウスのちまっこい家具だの服だのを飾りつけるのにうってつけだそうだ。
「ガキの遊びに付き合うだけじゃあないか」と他の奴らは馬鹿にして言う。馬鹿野郎あれはそんなあまっちょろいモンじゃあねぇんだ。一つでも玩具の家具の置き場所を間違ったら定規で小突かれ、言う通りに動かなきゃあナマエのスタンドが火を吹く。「屋根のある屋内」では彼奴のスタンドにはまず逆らえない。
「ガキの遊び」だと言う奴等は一度ナマエと遊んでみればいいとつくづく思う。おそらく一分経たずに逃げ出したくなる。



「ジェラートはまだ分かる。けど俺にまたお人形ごっこしろってのかよ?なぁ?」
「断るならリゾットに言うわよ」
「……しょおがねぇなぁ」
「決まりね」

取引の話が終わると同時にアルファロメオは小学校の前に着いた。ナマエはさっさと革の鞄を抱えて車を出ていった。いってきますも言わずに無言なのはいつものことだ。
他の一般人の子供の波に紛れてスタスタと校舎に入って行くナマエの後ろ姿はここから見れば平凡なそれに見えないこともない。ただ、助手席にこれみよがしに残された黒のストッキングが彼奴の本性を焼き付けていてまたため息を吐いた。

「あの糞餓鬼め」





20150525 執筆
20150616 再掲
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