捨て子だった私を拾い育てた男がいわゆる裏の世界の人間だった。ヴェネツィアのギャングのいわゆる下っ端。なぜそんな男が汚い餓鬼を拾ったのか?それは私の生まれ持ったスタンド能力に目をつけたからだ。
元々暗殺向きだった私の能力はすぐに組織に金の卵として扱われた。五つくらいの頃にはもう“実戦”に導入されていた気がする。
けれど赤ん坊の頃から裏の世界しか知らない私は泣きも叫びもしなかった。親は手柄を上げて出世することができたし私は組織の人間から褒められ褒美にジェラートを買ってもらえる。
一般人から見たらマトモじゃないと唾を吐きかけられるかもしれないがこれが私の普通で日常だったのだから仕方が無い。

しかし日常はそう長くは続かなかった。
出世して調子に乗りすぎた親は組織の金に手を付けたのだ。勿論私のスタンドを利用して。
親だった男はその場で見つかって射殺された。チーズみたいに穴だらけの死体にされて呆気なく死んでしまった。
私は焦った。たとえ私が今まで組織に雇われ大事にされていた金の卵だとしても一度裏切り者だとみなされた以上、殺されるに決まっている。加えて私はスタンド使いだ。能力を恐れて私を始末するということも十分に考えられる。

私は組織からちょろまかした金でヴェネツィアから南下し、ナポリまで逃亡した。
住む家などあるわけはなく、仕方なく逃亡先で孤児院に身を潜めることにした。
一番に驚いたのは映画や本などのフィクションに登場するような優しく慈愛に溢れた孤児院など嘘なのだということだ。周りの孤児達の中ではスクールカーストが存在し、新しく入ってきた奴は古参ぶる子供に虐げられる。シスター達は痩せこけた子供と反対し、でっぷり太ってどいつもこいつも傲慢な奴ばかりだった。無駄に食費を食い潰すネズミが一匹増えたと孤児もシスター共も新しく入ってきた私に顔を顰めまくった。
ギャングの世界しか知らないマトモではない私は孤児院での「要領のいい生き方」というものを知る筈はなく、彼らが言うことにはとりあえず「嫌だ」か「間抜け」としか口にしなかった。そのせいで一年経った私は髪をぐちゃぐちゃに切り散らかされ、制服のワンピースは継ぎ接ぎだらけというまさに絵に描いたような「哀れな孤児」スタイルになり果てていた。
それでも意地の悪い彼らに孤児院を放り出されなかったのはスタンドでうまく邪魔者を始末したからで。
……ギャング流の「要領のいい生き方」なら十分に知っていた。







七歳になった私はリゾット・ネエロと名乗る男と出会った。黒い頭巾が目立つ奇妙な服装をしたそいつが孤児院に訪ねてきた時、すぐに只者じゃないと分かった。ヴェネツィアからの刺客ならすぐに殺すつもりであった。

「ヴェネツィアの組織の殺し屋だそうだな?」
「奴らの差し金?」
「いいや、俺はパッショーネの人間だ」

パッショーネ。
ギャングの世界にいれば一度は聞いたことがある組織名だった。ナポリを制圧してる巨大な組織で、賭博や麻薬の収益を資金源にして主要企業を支配している。
私の元いたところより何倍もスケールの大きな組織であった。

「名はナマエ…といったか。組織の金に手をつけて追われている身だそうだが」
「……そこまで知ってるの?それにこの居場所がよく分かったわね」
「上からの命令でな、お前をパッショーネに引き抜きに来た」
「!?」

思わず目を見開いた。

「どういうつもり」
「そのままの意味だ。お前のスタンドは暗殺に使える、同時に組織以外のスタンド使いの存在は厄介だからな。このままお前を野放しにはできない」

こいつ…私のスタンド能力のことまで知ってるの?予想外のところまで手がまわっていて、内心舌打ちした。

「そう言って私を殺すつもりじゃないの」
「本当にそうならもう殺している」

そう言ってのける目は本気に見えた上にとても嫌な気配を感じた。珍しく冷や汗をどっとかかされた。今思い返しても屈辱であり嫌な思い出である。

「お前にとってもこのまま根無し草でいるよりずっと都合が良いと思うが?」

ちらりと私の頭からつま先を眺め、そして面会室の外でタバコをふかすシスターを見やりながらリゾットは不敵に笑む。
私は今まで不快だと思った人間は腕の骨の一つでもへし折らなければ気が済まなかった。しかし目の前の相手にそれができないことが腹立たしい。

「……貴方達こそ私をパッショーネに入団させてどうするつもり?」
「暗殺チームに入ってもらう」
「暗殺チーム?」
「俺が取り仕切る暗殺の仕事を専門に引き受ける集団だ」
「……なるほど、ね」

ヴェネツィアでずっと暗殺を請け負ってきた私にはうってつけの組織というわけだ。この男、本気で私を引き入れるつもりらしい。
しかし確かにリゾットの言う通り悪い条件ではない。身の安全は保証されるし、衣食住だってこのクソの掃き溜めみたいな孤児院よりはずっとマシに決まっている。仕事内容だって暗殺専門というなら得意分野だ。
下唇を噛み、ぼろきれみたいな自分のワンピースの裾を握り締める。
私はただひと言、「良いわ」とだけ答えるしかなかった。すごくすごく不本意だったが私がこれから生きていくならこの道しか無かったのだ。哀れな孤児にこんな酷な選択肢しかくれなかった神様ってやつは本当に下衆なんじゃないかしら。







表面上はパッショーネの暗殺チームではなく「平和な中流階級の大家族」に引き取られることとなった私。
問題児の私がいなくなると聞いて孤児院は心底清々したに違いない。その証拠にこれまでの私に対しての仕打ちを忘れたかのように孤児院の餓鬼共と人でなしのシスター達は張りぼてよりも脆そうな作り笑いで見送っていた。「体にくれぐれも気をつけてね」とか「神の御加護がありますように」とか、ここぞとばかりに別れる寸前まで薄っぺらい言葉を投げつけてきて、アルファロメオに乗りこんでからは備え付けのエチケット袋をずっと握り締めていた。

「苦労したんだな」

やっと孤児院が見えなくなってから運転席に座るリゾットがそう口を開いた。ハンドルを握りながら、ちらりと黒い眼球と赤色の瞳孔がこちらを見る。

「同情なんて結構よ。胸糞悪いわ」
「……前言撤回する」

いつもならこんな生意気な口を叩けばシスターがクローゼットに私をほおり投げて鍵をかけて終わるけど、男はやれやれというふうに肩を竦めるだけで決して手をあげなかった。つまらないと肩透かしをくらった気分だったが、正しい「大人の対応」というのはこういうことだとシスター達には見せつけてやりたいものだ。
これから一生その機会はないのだと思うと悔しいと同時に安心で欠伸が出た。「アジトまで一時間半はかかる。寝ていろ」とリゾットが後部座席から毛布を投げてきて眠気には勝てず大人しくそれを被った。古臭くてごわごわしてあまり心地良いものではなかったが、それでもすとんと瞼は落ちた。
意識を手放す寸前に聞いたのは轟々と建物が燃え落ちる音と、消防車やら救急車のけたたましいサイレンの音だった。





20150520 執筆
20150616 再掲
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