ゴースト《ジャッポーネの幻》

「お前がここの新しい住人か?」

男の霊は右足首の無い脚で歩み寄り、硬直する私の目の前に立った。私がソファに座っているからだろうか、男はすごく大きく見えた。体格も良いしもしかしたら片手でひねり潰されそうだ…。
いきなりの質問によく分からないままコクコクと頷けば男は「そうか」と言って腰を折って私の顔を凝視する。え、なんだろういきなりこの人。顔は穴だらけで流血しているが、彫りが深くて二枚目風な外国の人だった。彼の後ろのテレビに映るグレゴリー・ペックと比べても甲乙付け難い。
しかし何故日本語がペラペラなんだろう…?

「どうやらお前には“俺達”の姿が見えているらしいな。お前の想像通り“俺達”はこの部屋に住み着く霊だ」
「はぁ、」
「暫くこの部屋は人間が寄り付かなかったからお前が来た時は正直驚いた。“俺達”が見えている上で居座るとは…なかなか肝が据わっている奴だな」
「そ、それはどうも…ありがとうございます」

超常現象が目の前で起こっているというのに私は呑気にそうお礼を言ってしまった。実家のお母さんには「危機感が無い」とか「物事に対して鈍感すぎる」とか言われて注意されていたが、今日からちゃんと改めたほうが良いのかもしれない。

「お前は一体何者だ?」
「わ、私は柴田杏といいます、ただの一般的な大学生です」
「そうか。……では改めて杏、お前はこれからどうするつもりだ?」
「え?どうする…とは…?」
「こうもはっきり見えてしまった“俺達”をどうするつもりなのか、ということだ」

幽霊はコートを少し広げて風穴の空いた身体を見せつけるようにする。ぱたぱたと床に血液が落ちていく様はあまり見ていて気持ちがいいものではない。
相変わらずテレビからは明るくて軽快な音楽と共にアン王女がローマ観光をしている。ああ偉大なるヘップバーン様、どうか私に幽霊に物申す勇気を…!そう祈りを込めて私はつっと顔を上げた。


「貴方達をどうこうするつもりもありませんし、私もこの家を出ていきません」
「……何だと?」
「私、本当は学生寮に入るつもりだったんですけど入寮寸前にそこが火事になって燃えたんです。で、仕方無く此処に急遽住むことを決めたんです」

本当にあれは入学早々ついていなかった。ただでさえ田舎から上京してきて身寄りがいない地だというのに一人暮らしだなんて心細すぎる。
しぶしぶ家賃がとても格安なこのアパートに転がり込んだがまさか幽霊が出る家だとは…。不動産屋め…許さん。


「バイトでお金を貯めたら他のアパートを探して出ていくつもりです。だからそれまでの短い間、ルームシェアというのはどうでしょう?」
「……“俺達”を迎え入れると?本当にそれで良いのか?」
「私は…別に構いません。今まで危害をくわえられてないから悪い幽霊さんじゃないみたいですし、」

お皿を割られたことは黙っておいた。別にもう気にしていないし。
幽霊の方は何だか考えるような仕草をして暫く黙っていた。彼以外の幽霊達も動揺しているのか、空気がざわついているのが肌で感じられた。私は黙ってその様子を見守っていた。心臓が心做しかドキドキする。


「……良いだろう。その話に応じよう」
「ほ、本当ですか?」
「お前が我々に危害を加えず、大人しくするというならこちらもそのように配慮する」
「よ、良かったぁ〜〜ありがとうございます…!」

ほっと胸を撫で下ろす。一瞬とり殺される覚悟をしたが無事にこれで交渉成立だ。
外国人の幽霊と同居だなんてファンタジーなことになってしまったが、自分の安全が確保されているならもうどうとでもなれという気分だった。

「申し遅れた。リゾット・ネエロだ、宜しく頼む」
「リゾットさん…こちらこそよろしくお願いします」
「生前はイタリアのとある組織で暗殺者のチームに入っていた」
「え、」
「他の奴らも暗殺者で少々物騒なところもあるが大丈夫だ。お前には害を加えないように俺から言っておく」

リゾットと名乗った幽霊の口からバイオレンスな単語が飛び出して思わず硬直した。んん?暗殺者?それってギャングとかマフィアとかの人ってこと?日本でいう極道みたいな?
青ざめる私を不思議がり、リゾットさんは「どうした?」と首を傾げる。

「い、いえ…ただ一つだけ私から条件が…」
「何だ?」
「あ、えっと…」

私は口角を引き攣らせながら無理矢理笑みを作る。

「……いえ、ただ着替えとお風呂の時はプライバシーを尊重して、ほしいなって…あははは」

どうやら思ったより大変なことに陥ってしまったみたいだ、と今更気付いたがもう遅かった。
ちらりと見やったテレビの中のヘップバーンの笑顔がとても眩しかった。




20150501

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