マイ・フェア・シニョリーナ

「おいいつまで寝てやがる!さっさと起きろこのバンビーナがッ!」
「ふぐっ!?」

寝ぼけた頭に鈍い痛みが落とされる。布団から這い出して頭に手をやれば愛用のうさぎの抱き枕が乗っかっていた。なんでいきなりこんなものが…?
寝ぼけ眼を擦りながら顔を上げれば長身ですらっとした随分スタイルの良い男の人が立っている。きらきらとした金髪のまさに色男って感じのイケメンだ。が、顔の右半分が血濡れて潰れていた。あぁ、この人リゾットさんと同じ幽霊だと頭で冷静に理解する。

「……お、おはようございます幽霊さん」
「“幽霊さん”じゃねぇ、プロシュートだ。覚えておけ」
「……えっとじゃあプロシュートさん、朝から何のご用でしょうか…?」
「何のご用だと?テメェこんな時間まで寝ておいて言う台詞か?」

ビシッと指し示された目覚まし時計を見ればなるほど、もう10時半。でも今日は学校は休講だしバイトのシフトも入っていない日なんだから少しくらい寝坊したって…、

「いいか、一緒に寝食共にするってことになったからには不規則極まりない生活は改めろ。これはリゾットからの命令だ」
「えぇっ?」
「たるんでる輩は許せねぇ、それが例えテメェみてぇな小娘だとしてもな…!分かったらさっさとその目ヤニだらけのだらしない顔を洗ってこい!」
「は、はぁ…」

突然のことでいまいち納得がいかなかったが、プロシュートさんの迫力に負けてしぶしぶ寝床から立ち上がる。
するといつの間にか私の隣にはパイナップルみたいな頭をした別の男の人がいた。ちょっと間の抜けた顔に野菜の切れ目みたいな線がいくつも入っている。バラバラで死んだのかな…すごい壮絶だ…。

「杏さん、ここは兄貴の言う通りにしといた方が良いですぜ。スタンド攻撃されたら大変なんスから!」
「す…たんど…?」
「あ、スタンドっつーのは俺らが生前持ってた特殊能力みたいなもんで…」

「おいペッシ!そんな小娘に敬語使うんじゃねェ!」

プロシュートさんの怒声。ペッシと呼ばれたパイナップルさんはビクッと肩を跳ねあげる。

「で、でも兄貴ィ……一応杏さんはここの家主ですぜ?ちょっとは扱いを…」
「あぁ?」
「ヒッ!なんでもありやせん!」

ひと睨みで黙らせられたペッシさんに押されて寝床を出ていく。どうやらプロシュートさんは上司とか先輩の類みたいだ。ギャングって上下関係とか厳しそうだしなぁ…私も言葉遣いとかには気をつけないと…。


「すいやせん杏さん!朝から叩き起しちまって…兄貴は全然悪気なんてないんです!」
「わぁ…頭上げてくださいペッシさん、別に私は気にしてませんから」

ビシッと自分よりも背が高くて逞しい男の人にお辞儀されるなんてなんとも申し訳ない気持ちになる。しかし同時にあぁこの人は律儀だなぁと感じた。ギャングなんて危ない仕事をしているのが嘘なんじゃないかと思ってしまう。
ふわふわ揺れるパイナップル頭を見ながら私は欠伸を噛み殺した。







冷たい水で勢いよく顔を洗い、引っ掛けておいたハンドタオルで拭う。ごわごわした感触。タオルから顔を上げると洗面所の鏡と目が合った。4つくらいに分けて束ねられた黒くて長い髪、頬から首にかけて青紫色に爛れた顔。
……あれ、誰だろうこの人。

「こんにちは、幽霊さんですか…?」
「驚かないなんて珍しい奴だな」

挨拶すれば鏡の中の人に怪訝な顔をされる。もしかしてペッシさんが言ってた「スタンド」って能力で鏡の中にいるんだろうか。鏡から突然現れるなんて幽霊らしい能力だ。ホラー映画とかならヒロインは大絶叫だろう。

「柴田杏だな。リゾットから話は聞いている。俺はイルーゾォ……鏡の中に入ることは許可しない」
「よ、宜しくお願いしますイルーゾォさん」

許可しない、とは言われたけどそもそも入りたいとはあまり思ってないんだけど…。
するとイルーゾォさんはじめっとした視線で私をつぶさに観察する。な、なんだろう今度は。

「顔を洗う時はぬるま湯のほうが良いぞ」
「え?」
「あとタオルもこまめに洗濯しろ。不潔だ」

じゃあ、とそれだけ言ってイルーゾォさんの姿は鏡から一瞬で消えた。
なんだったんだろう今のは…?もしかしてプロシュートさんの言ってた「不規則極まりない生活を改めさせる」ってことに関係あるのかな。
しかし男の人に不潔って言われちゃったよ…ちょっとショックだなぁ。でもそういえば三週間くらいこのタオル洗ってなかったっけ…黴生えちゃうなこれ。

「……くさっ」

少し臭いを嗅いでから洗濯機に放り込んだ。




20150503

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