ローマの粛日

幽霊とかお化けなんて生まれて此の方見たことなかった。しかし見えないからといって完璧に信じていないわけじゃない。夏にテレビの心霊特集を観てたりすると「自分の周りに出たら嫌だな」と思うし、お化け屋敷だって積極的に入ったこともない。
ただ、自分には霊感とかシックスセンス的なものは皆無なので、きっと生きていくうちで関わりなんて無いから気にすることはないだろうと気楽に考えていた。



初めて「彼ら」を見てしまった時、怖いとは思わなかった。ああ変なものを見てしまったと後悔のほうが大きかった。
最初に見たのはアパートに入居して数日経った頃。短い金髪と黒髪の男二人の霊だった。私が帰宅するとソファに二人座って平然とテレビを観ていた。その時はほんの一瞬現れただけだったのでさほど吃驚はしなかった。
二回目はその次の日。朝、歯を磨いていたら長い黒髪を4つくらいに束ねた男が洗面所の鏡の中を横切った。歯磨き粉を思わず飲んでしまった。
また、大学に行こうと家を出たら剃り込み頭の別の男が近所の野良猫と一緒にアパートのポーチに座っていた。不意打ちだったので吃驚したが、朝急いでいたので気付かないフリをした。
次の日、とうとう三回目になって現れる幽霊は一気に増えた。大学もバイトも休みで布団で昼まで寝ていた時、ふと目を覚ますと枕元に長い金髪の男が立っていた。なんだかすごく露出が多くて派手な格好だったので唖然とするしかなかった。露出狂の霊は暫くして消えた。
幽霊に起こされて渋々お昼ご飯にカップラーメンを作ろうとお湯を注いだ。しかし食べた時には中身は冷水に変わっていた。冷たい冷たいと嘆きながら、最早ラーメンではなく冷麺になったそれを仕方なく食べていたら台所でガラスの割れる音がした。一瞬だったが青いくるくる髪の幽霊がいたような気がする。間違いなくその人の犯行だろう。
割れた100均のお皿は仕方なくゴミ収集行きになった。
そしてその夜とうとうお風呂に入った後アイスを食べながらスマホをいじっていたらプチポルターガイストが起こる始末。付いていたテレビもリビングの電気もいきなり消えて思わずアイスを取り落としそうになった。
上等そうなスーツ姿の幽霊とパイナップルみたいな頭の幽霊が一瞬だけ暗闇で見えて、やっぱりとても派手だと思った。うちの家の霊はみんな個性的なようだ。ファッションモデルの霊とかなのだろうか…?


そんなこんなでアパートに入居して一週間そこそこで私は幽霊達の超常現象に次々遭遇した。ただ何度か吃驚はしたものの、お皿を一枚割られた以外に危害は加えられていないのであまり怖いとは思わなかった。
そのためお祓いなどのお清めやましてやアパートから出ようとは考えず、暫くすれば慣れてしまうだろうと呑気に構えていた。
しかし見ないふりも流石にもう通用しないらしい。





その日講義とバイトでくたくたになって帰ってきた私はバックと上着をそこら辺に投げ、軽くシャワーを浴びて着替えた後コーラとファミチキを貪りながらソファに座ってテレビを付けた。
画面に映し出されたのはかの大女優、オードリー・ヘップバーン。ティアラとドレス姿が素晴らしく綺麗すぎる。ああ、これ「ローマの休日」だ。多分、まだ始まりのシーン。こんな時間に古典的名作映画をやるなんて珍しいなぁと思いつつ私は気がつけばリモコンを置いて見入っていた。
何度か観たがやっぱり良い映画だと思う。王女と新聞記者の切ない恋と王女の成長物語…まさにラブロマンスの王道って感じで、ちょっとセンチメンタルな気分に浸りたい時は観たくなる。良いなぁローマ、ぜひとも生きてるうちは一回行ってみたいなぁ…。

セレモニーが終わって宮殿を抜け出すオードリーの場面を見つつ、食べ終わったファミチキの包み紙をゴミ箱に投げる。あ、外した。ゴミ箱の縁に跳ね返って飛んだ紙くずは部屋の隅に立っていた男の脚にぶつかった。え?誰?
顔を恐る恐る上げれば真っ黒い頭巾を被った男の人がこっちを見ていた。目玉が黒で瞳孔が真っ赤、服も黒のコートにボーダーパンツと明らかに怪しい出で立ち。
しかも銃撃を受けた後のように顔や身体に風穴が幾つも空いている。覗いたら向こうが見えそうだ。見たことない人だけどこの人もきっと幽霊なんだろう。私はグロテスクで物々しいその出で立ちに生唾を飲み込んで固まった。

「お前がここの新しい住人か?」

幽霊が口をきいた。ごぽりと口の端から血が溢れた。人間の血って鮮やかな赤だと思っていたけど、実際はこんなに濁った紅色なんだとその時初めて分かった。
瞬間、ざわざわと何人かの「気配」が部屋に現れるのを感じた。

テレビではオードリーを記者役のグレゴリー・ペックが家に連れて帰るシーンに差し掛かっていた。




20150430

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