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座らされたソファの上、京と東と遊んでいると、学園長が入っていった奥の部屋から声が聞こえた。
「?」
『きっとシュタインだ』
『そうね、きっとシュタインだわ』
もうすぐ来るね、なんて笑いあう2羽は、過ぎる悪戯を除けば本当にかわいらしい。まさに天使だ。
「でもどうしてシュタイン先生なの?」
『彼がいないと無理なのよ』
『エンフェルメラもね』
「え、保険医の?」
あたしの頭の中には、少し意地悪な笑い方をするシュタイン先生と、ムチムチお姉さんな保健室の女帝の姿があった。なぜこの2人が重要なんだろう?考えているうちに2羽の瞳が妖しく光りだした。
『ほら、きた』
その言葉の後にまた扉が自動で開き、噂の先生たちが入ってきた。学園長も奥の部屋から出てきて、穏やかな微笑みを浮かべている。
「待ったか?ブイオ」
「いや、思ったより早かった」
「それにしても、入学初日っから大変ねぇ…。茨ちゃんがミストの娘だっていうのは知っていたけど、まさか力の解放から始めなきゃなんて」
ふわりと優しく抱きしめられ、そしてママの名前を聞いたことで、学園長に撫でられた時のように涙が出そうだった。
「茨ちゃん、準備があるから奥の部屋で待ってて。エルも一緒に」
「わかったわぁ」
「える?」
「ふふ、私の愛称よぉ」
確かに本名は少し長いと思っていたよ。まさか2文字にまで短縮されるとは。とりあえず今は学園長の言うとおり奥の部屋に行こうか。
「京と東は手伝いだよ」
その言葉にブーイングする2羽の声を背中で聞きながら、あたしとエンフェルメラ先生は歩いていく。着いた部屋にはさっきいた部屋よりもものが多くあるような気がした。こっちが自室なんだろう。
「茨ちゃん」
あたりを見渡していたあたしを、少し緊張したような声で美しい保険医が呼んだ。そちらを向けば、椅子に座り下の方を見つめている。
「魔力を解放したら、あなたは魔女の1人になるわ」
「はい」
「今となっては魔女の血、特にあなたに流れている一族の血はとても貴重なものなの。それを狙って、襲ってくる輩が必ずいるわ。今までの平穏には戻れないの。」
そこまで言い切って、紫の瞳はようやくあたしをとらえた。その瞳は不安げに揺れ、頼りない光を灯していた。
「それでも力を解放する?
魔女になる覚悟は、あるの?」
嗚呼、エンフェルメラ先生はあたしのことを心から心配してくれてる。それこそ、今準備していることを中断させる勢いだ。今まであたしが暮らしていた平和で、ここに比べれば生ぬるい世界とはおさらばしなくちゃいけないし、命を狙われるなんて怖いに決まってる。でもあたしはパパとママの血を継いでるんだ。半分も魔女の血が流れているんだ。ママの遺志をあたしは継ぎたい。
「ありますよ、覚悟」
自信をもってそういうと、驚いた表情をして数秒固まった後、わかったわと微笑んでくれた。
「エル、準備出来たぞ」
声をかけてきたのはシュタイン先生。あたしを瞳に捕らえると、つかつか近寄ってきて、少し乱暴にあたしの頭を撫でた。
「お前に覚悟があるってのは聞こえた。俺たちに出来ることはお前の力を解放する事だけだ。その後は茨次第だからな」
「はい」
「よし、行くぞ」
エンフェルメラ先生に手を引かれながらさっきの部屋に戻ると、魔法陣ってやつが床に描かれていた。
「茨ちゃん、真ん中の円に入って」
「ここですか?」
「そう。じゃ、ちょっと我慢だよ」
そう言うと学園長はあたしに手をかざし、何かを探すように動かす。すると突然、あたしの内腿の一部と魔法陣が青白く光り出した。
「…みっけた。シュタイン、エンフェルメラ、位置につけ」
一瞬で持ち場についた3人は、両手をあたしの方に向け、呪文を唱えている。が、なんて言ってるのかはわからない。 太腿が、熱い。じんじんと脈打っているような。しかもジェットコースターに乗ったときと同じような妙な浮遊感。気持ち悪くて、ふらついてしまう。
「動くな、茨!」
「…っは、い」
シュタイン先生の厳しい声に必死に体制を整えるけど、やっぱり気持ち悪い。 部屋一面に広がっていた魔法陣が、どんどんあたしの方に近付いてくる。そしてそのままあたしが立っている円の中に入ってきて、太腿がよりいっそう熱くなった。そこから先はスムーズだった。輪から筋に変わった青白い光は、あたしの足を伝って太腿まで上ってくる。水が流れるような感覚に、ざわりと鳥肌が立つ。共鳴するように光っていた、熱いと感じていた所に筋が到着した瞬間、熱さも具合の悪さも消えて、意識まで消え去った。
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