ひつがやーと名前を呼べば大抵は返事をくれた。忙しい時や苛々してそうな時や用もない時でも、あいつは私を無視することはなかった。何らかの反応を……それに毒が含まれていることの方が断然多かったのだけど、あいつは応えてくれた。それは他でもないあたしだけの特権だと信じていたし、事実間違っていなかった。霊術院を卒業して護廷へ入隊してからも、その関係は変わらなかった。どんどん才能を開花させたあいつと並のあたしとの差は日を追うごとに広がっていったけれど、それでも日番谷はあたしを対等に扱ってくれた。照れくさくて面と向かっては言えないけれど「あたしたち親友だよね」ずっとそんな風に思っていた。まさか……ねまさか、色恋沙汰に疎いあんたがそんな熱い恋をしてるなんて夢にも思わなかったよ。 (日番谷くんて幼なじみの事ずっと想ってるらしいよ) 噂好きの女の子たちから、あいつには特別に大事にしている幼なじみがいることを小耳に挟んではいた。それでも恋愛なんてくだらないって顔を崩さないし、シニカルな笑みが似合うあいつが恋に酔う姿なんか想像がつかなかった。だけどそれはあたしが信じたくなかったから勝手にそう解釈しただけであって、実際とは違ったようだ。誤りだと認識したきっかけはほんの些細なこと。 聞いちゃったのよね。あんたがとびきり優しく女の子の名前を呼ぶところを。最初はたかが果物の桃を、なんでそんな愛おしそうに呼ぶのか不思議でしょうがなかった。あとで友達に聞いて「桃」っていうのが例の大切な幼なじみの名前だって知って頭が真っ白になったっけ。その頃のあたしは独り特別扱いしてくれることに浮かれていて、もしかしたら意外と告白を受け入れてくれるんじゃないかと下らない妄想を繰り広げては、そりゃ日番谷に限ってないか……と沈んでいたし。 『聞いたよ日番谷。ずっと大切にしていれ子いるんだってね。雛森さんだっけ?その子がいるから誰とも付き合わないんでしょ』 「ちっ誰から聞いた」 『聞こえたのよ。あんたの甘〜い声が。てか水臭いなぁ!あたしにくらい教えてくれてもいいのに』 「渡嘉敷に言やあ、からかわれるに決まってるだろ」 そっか、と日番谷に好きな子がいる事実はあたしの前を素通りしていった。人伝いで聞くよりも本人の口からの方がショックを受けそうなのに、違った。たぶん、納得しちゃったんだと思う。子供みたいに、コクンと頭を振るように。 幼なじみの女の子をずっと待っているとか、あんたそんな純情キャラじゃないじゃん。てかずっと恋愛する暇あれば、鍛錬しろっていう態度ばっかりとってたくせに、それはないじゃん。自分もしっかり恋してるとか、新手の詐欺よ。とか日番谷に想い人がいると聞いてから募っていった様々な気持ちが一瞬で消え去った。すっきりじゃない。綺麗さっぱりはしてなかったけれど、でも妬むような黒くてドロッとしたものは不思議と残らなかった。あたしもつくづくお人好しだよね……それからすっかり日番谷の恋を傍観するどころか応援しちゃうんだもん。それでも、何回シミュレーションしても、あんたに好きな人がいるって聞いたあたしなら――やっぱり助けになりたいって、応援してたと思うよ。 「お前の泣き顔は結構クルから……好きな男が出来たときにでも活用しろ」 『はい?』 「二度は言わん」 何だったか原因は忘れのだけれど、入隊してから10年目くらいにあたしは男の人と大揉めして泣きまくったことがあった。日番谷はあたしの異常な泣きっぷりから失恋したのだと勘違いしたらしく、そこがあいつの可笑しなところなのだけど、まぁ可哀相なあたしを慰めに来てくれたようで……早く泣き止めといった意味でそう言ったらしかった。言葉足らずで意味が取りにくいのだけど、でもまあそういうことだよね。 まだ完全に日番谷への想いが泡となって消えてたわけじゃないのに、こんなこと無自覚でいうって酷だよね。はぁ頭良いのに変なとこだけ鈍い奴め。これだから自分の恋もうまく実らないんじゃないの?ひょっとするともうその幼なじみはあんたのこと好きかもしれないよ。日番谷が鈍くて気づいてないだけかもしれないじゃん。あれだけ毎日近くにいた親友のキモチを知らないんだもん、十分にあり得る話だわ。 (このっ鈍感男!) そして、日番谷の鈍感は結婚する前日になっても相変わらずのようで……普通ならお嫁さんの傍で甘い夜を満喫しているはずなのに、あいつはあろう事か親友のあたしの家へ報告に来ていた。長ったらしい説明は要らないからさっさと帰りなよと呆れつつも思いの外、昔話で盛り上がってしまい。結局あいつが家を出たのは日付を跨いだ真夜中だった。あたしは次の日から1ヶ月ほど任務が入ってたから勿論式には出席できないし、二日酔いになっては困るから飲まなかったけれどやはり結婚前夜で気が高ぶっている日番谷はかなり始めから飲んでいて帰路につく頃には完全に酔っ払っていた。珍しいもんだなぁ……あいつが起きたら良いネタにしてあげよう。というかこんなんが挙式の主役でいいのかね。くすっと笑って、日番谷の脇の下に腕を回した。 (今なら言えるかな) きっとアルコール入ったら意識飛ぶ派のこいつは、今あたしが何をしようが明日には覚えてない。夫婦揃ってお酒に弱いって、結局のところあの二人は似たもの通しのお似合いカップルなんだよね。知ってて告わなかったと言えば、逃げたの間違いだってみんなに怒られそうだけどこれで良かったんだよね。これで……良かった、んだよね? 『好きだったよ、日番谷』 目は虚ろだったけれど、こいつ独特の碧色は光って美しかった。届いていたらいいのにな、いや届いちゃいけないのか。元々始まってもいない恋だったから、虚しさが残るなんておかしな事だと思う。日番谷が幸せならそれでいいじゃんって無理やり結論出して無理やり納得したのはあたしだし。戦って勝てていたとは思えないけれど、初めから戦いを放棄したあたしが今更二人の仲をとやかく言う資格がないことくらい判ってる。でも今日くらい、良いよね。今日くらい見逃してね日番谷。 美しく散った 結局あたしは貴方の親友でしかない お題サイト様→teeny world 2010/10/13 |