人はどこまで自己を犠牲として他者を救えるのだろう。こんなことを常に自己犠牲で成り立っている世界の住人であるあたしが云うのはおかしい。死神にとって自分のエゴのみで行動するのはタブー。だから自分の身を顧みず、虚に立ち向かっていくことが昔から英雄視されてきた。


『ねぇ冬獅郎……もし私が危ない目に遭って、死にかけているんだけど救急命令は出そうにない。そんな時どうする?』
「助ける」
『勝手に行動した罰がとっても重かったとしても、う〜んそうだなぁ……隊長の位を剥奪されちゃってもそうする?』
「当たり前だろ。好きな女、見捨てるかよ」


あたしの話を聞きながら、器用に書類に目を配っている冬獅郎は間髪入れずに答えてくれた。うん……そっか冬獅郎は助けてくれるのか。ひとまずその返事に安心。でもなんとなく違和感。本人がそう云うのだからあたしは変な疑いなどかけずに信じれば良い。彼が助けると約束すれば、必ず助けてくれると思う。問題はたぶん冬獅郎のいう“好きな女”の基準。ねぇあたしと雛森、どっちが大切なのよ?こんな馬鹿げた質問したって無駄なことくらい重々承知だけれど、愚かな人間は何度も何度もその言葉が喉まで出てきちゃうの。天秤に人をかける行為はそんなに卑怯なことかな。たった一言、嘘でもいいから

(咲夏の方が大切だ)

そう言ってくれさえすれば、あたしは大丈夫なのにね。今は不安で仕方がないんだよ。貴方が雛森のために、刀に憎悪を乗せて振るった時からあたしは……。
藍染隊長の反乱が決着してからはや数ヶ月。壮大な被害を被ったあの人は牢獄にいる。そして現世へ隊長格として赴いた冬獅郎は、暇さえあれば刀を抜いて稽古に励んでいる。いや冬獅郎だけじゃない。阿散井副隊長も檜佐木副隊長もみんな取り憑かれたように鍛練し始めた。現世で何が起こったのか、大まかなことしか残った者には知らされていない。ただね女の勘みたいな格好いいものじゃないけれど、雛森と冬獅郎との間には何か特別なことがあったと思うの。それを知ろうとは思わないし出来れば知りたくもないけれど、始めから無かったようには振る舞えないの。あたしは無視できないよ。


『なんで藍染隊長はあたしじゃなくて雛森副隊長を選んだのかな』
「……どういう意味だよ」


卑怯な質問をするあたしに、冬獅郎は筆を置いた。どういう意味かって、そのまんまの意味なことくらい判ってるくせにね。あたしが雛森と同じように刺されたってあたしの恋人である冬獅郎にとっては変わらないでしょ?でもさ現実は違うんだよ。あたしが殺されるよりも雛森が殺される方が、冬獅郎は苦しむ。あたしの身に危険が降り注ぐよりも、雛森の身に災いが及ぶ方が冬獅郎は正気でいられないでしょう?

勘違いであって欲しいけど勘違いじゃないよね。それを藍染隊長は見抜いてわざわざ雛森を選んだんだもの。もしかしたらそれすらも見越して敢えてあの人は雛森を選んだのかな。ううん違う……よね。根拠なんてそもそも最初の疑問の時点からなくて、全てあたしの推測の上での話だけどそれはあり得ない。断言してもいい。その可能性はない。あの人は市丸隊長と同等かそれ以上に、ヒトの心を弄ぶのが好きだった。手の込んだ絡繰りも、タダのお遊びに過ぎないの。発狂して絶望する冬獅郎を暇つぶしに拝みたいだけなのだからあたしの細かい気持ちまで考えなくていい。かけられなかった天秤を、皮肉にも反逆者のあの人によってかけられるなんてね。これほど滑稽なことってそうそうないけれど、でもこれが真実なの。


「くだらねぇこと言ってんじゃねぇよ。俺は咲夏が一番だ」


雛森に命を懸けられる冬獅郎は、その時点で明らかに秤はあたしよりも雛森に傾いているのにね。例えそれが冬獅郎のエゴだとしてもあたしは立派だと思うよ。命を投げ出してまでも護りたいと決意できる人がいるんだから。それがあたしじゃなくて悔しいけどね。それに生きて帰ってきてとは言ったけど、雛森を一番にして、なんて言ってないんだから馬鹿。それでも……嘘だと知っていながらも、そうやって気休めを囁いてくれる貴方をあたしは自分から拒むことは出来ないんだよ。今まで云おうとしなかったくせに今更って感じだけど、あたしは満足してる。こんな安っぽい女でごめんね。






後ろ姿で分かる表情
目を背けても答えは出ているよ





お題サイト様→teeny world
2010/10/11