あの人は基本的に何事にも無関心を装っている。例えば誰かが不慮の外に負傷したとか例えば誰かのミスで他隊から苦情が来たとか。その他諸々のことを、ただ機械的に対処し事態を沈静化させる。実際はどんな些細な変化も見逃さぬよう、常に五感を研ぎ澄ましているのだけど、他人にそれを知られたくないらしい。あどけない幼さが表に現れることなど、それこそ滅多にない。気を張って、双肩に乗る重圧に応え、総てを「神童」という一つの言葉で片付けられ。年齢に似つかわしくないほど眉を寄せて、淡々と職務をこなす。苦痛な表情や、衰溶した姿も絶対にさらけ出そうとしない。当たり前のように当たり前でないことを、黙々と処理する。一切の愚痴もこぼさず、理不尽だと嘆くこともない。地位も名誉も十二分に与えられていたけれど、彼がそれらを本当に望んでいるようには思えなかった。

(哀しい人なのね、きっと)

純然たる鋭い瞳の向こうには、何が視えているのだろう。そこには彼にとっての救いがあるのだろうか。しかし神を信じているようには思えなかった。彼は死すら潔く受け入れる。そんな予感さえも私にはあった。それでは一体何が彼をここにつなぎ止めているのか。


『隊長……お茶煎れましょうか』
「……」
『最近冷えてきましたし体を温めるのにちょうど良いと思うのですが』
「あぁ、じゃあ頼む」


無垢で何も知らない可憐な幼なじみを護ること、それだけに縋って生を成しているのだとすれば彼はとても哀しい人だ。物分かりが良すぎて、諦めが良すぎて、彼は何かを犠牲にする度にどんどん鈍くなっていく。 鈍さに慣れてしまうことほど哀れなことはない。簡単に受け入れないで、拒んで抗って欲しかった。押しつけられた理不尽を放棄して欲しかった。優しさはときに自らを滅ぼす。あの人のそばにいて痛いほど理解できた。

ふぅと肺にたまった空気を出すと、吐息が白に染まった。外の気温で指が悴む。寒いなぁ今日は。暖をとるためにもう一度両手に息を吹きかけ、もうすぐ沸騰するであろう薬缶に翳した。換気のために開けておいた戸を閉めようとした時、雪化粧された隊舎の屋根が見えた。もう雪の降る季節に入ったんだ……。目まぐるしく変わる外の景色に、私はひとりため息をついた。殆どの生物の命が絶える厳しい寒さ。一面が銀世界になるこの季節は美しさと共に残酷さを秘めている。命ってなんて儚いの。どうしてこんなに脆いの。一刻の猶予も与えられぬまま、生を奪われるなんて惨すぎる。


『どうぞ』
「あぁ……いつも悪いな」
『いいえ』


私はここへきて隊長に謝られてばかりだ。隊長に感謝されたくしてしていることなのに、いつも逆の言葉を貰ってしまう。だけど熱々のお茶は奪われた体温を徐々に取り戻してくれた。隊長の心も温まればいいのにね――。そんな簡単に溶けるものなら苦労しないのだけど、実際はそんな夢物語はありえない。
彼の霊圧は息が詰まるほど冷たい。真夏でも凍えるように冷たい霊圧は、他者と自分を隔てる壁の役割をしているように錯覚してしまう。あの人の心はきっと温かいのに、あの人自身は冷たい。あの子が支えてあげなければ、彼はいつまで経っても報われない哀しい人のまま。


『隊長……生きて下さいね』
「?」
『しっかり生きて、下さい』


哀しい人生を送らないで。誰のものでもない日番谷冬獅郎の人生を歩んで。貴方は護廷の所有物や人材ではなく、貴方自身のものなのよ。だからどうかお願い。気づいてあげて、雛森さん。あの人には貴方しかいないのよ。貴方だけが、生き甲斐なのよ。貴方しかこの役は務まらないの。

(私が幸せにしてあげたかったけど)





優しい冷たさ。
私じゃ無理だから……貴方に託すね





お題サイト様→teeny world
2010/10/11