雛森は俺の家族みたいなもんだから。結婚する前から、冬獅郎くんの口癖はこのフレーズだった。私に告げているというよりは自分に言い聞かせているような口調に、不信感よりも不気味さを覚えた。だから私も、うんそっか、としか答えなかった。なんでそこまで桃ちゃんに固執するの?内心はそう妬んでいても。
結婚して血は繋がっていないけれど、本当の家族になってからはそんな不安も解消されると信じていた。それでも私の望んだ結果はいつになっても訪れることはなかった。鱗片さえも伺うことは出来なかった。お前は俺の家族だから。次に発言されたその言葉に、違和感を拭えるわけがない。それでも私は、そうだね、としか答えなかった。

子供が産まれてからも、時々冬獅郎くんは桃ちゃんを仕事以外で訪ねることがあったと思う。ただ私は感づいていたのだけれど、決してそれを咎めることはなかった。子供に掛かりきりで知らない振りをすることに決め込んだ。


「母さーん、お腹減った!」


しっかりと父親の容姿を受け継いだ息子を抱く。歳もちょうど、初めて冬獅郎くんを見かけた頃と重なっているのも影響して、この子を抱きしめると冬獅郎くんと出逢ったときの描写がよく浮かんでくる。よしよしと頭を撫でるときゅっと目を瞑って、子供扱いすんな!と一丁前にも反抗してきた。クスクスと笑みをこぼすと、お気に召さなかったようでむっつり顔に様変わり。冬獅郎くんもこんな小さいときはこんな子供らしい表情してたのかなぁ。なんて呑気に想像してみる。

霊術院で話しかけた頃にはもう今の冬獅郎くんが殆ど確立されていたから、分かんないんだけどね。哀しい眼差しは人を拒絶している冬獅郎くんの心情をより明確に際だたせていて……貴族出身の私には初めてのタイプの人間で驚いた。ひとりは寂しくないのかな。教室の端でいつも物静かに時を過ごしている級友を見ると、自然と疑問が湧いてきた。そしてお喋りな私はそれを黙っておくこともまた、到底できなかったのだ。


「あれ?父さんは?今日は早く帰るって言ってなかったっけ」
『う〜ん、そうだったかしらねぇ』
「もしかして……また、あの人の所?」
『う〜ん、母さんも分かんない。ごめんね』


途端に訝しげな目つきと変わった息子に、私は苦笑いで応対する。この目つきは、独身時代の私そっくりだ。子供は両親の遺伝子をしっかり継いでいるのね。何となく……哀しくなった。
冬獅郎くんは私に遠慮しているんだ、と思い直したのはいつだっただろう。黙って桃ちゃんのところへ会いに行くのも、私が悲しむという自覚はきっと頭にあるんだと思う。それでもきっと冬獅郎くんは《ひとり》になるのが何よりも怖いから、止められないんだ。プロポーズの言葉は「俺と一緒に生きてください」だった。一人ぼっちは淋しくないわけない。冬獅郎くんは共に生きてくれる人を、ずっと求めている。冬獅郎くんの瞳にあたしは、子供が出来て充実した毎日を送っているように映っているんだ。だから自分で縛り付けたくない。でもひとりは嫌だ。だから代わりに桃ちゃんを求める。

強靭な心のもち主なんかじゃなく、冬獅郎くんは誰よりも弱い。必死で自己を保とうとして足掻いている。人を拒絶するも彼だけど、人を誰よりも欲しているのも、また冬獅郎くんなんだ。


「母さん、父さんに連絡しようよ」
『大丈夫よ。きっとすぐ帰ってくるわ、お父さん帰ってくるの遅いって言っても知れてるでしょ?』
「でも……だって今日は」
『ん?』
「母さんの誕生日でしょ」


一瞬泣きそうな顔をした後、ぐっと堪えるように唇をかみ締めた。母親のために、そんな辛い顔しなくていいのにね。何でも感じ取っちゃうんだこの子は。冬獅郎くんの子供のときも、きっとこうだったんだよね。敏感過ぎる。もっと鈍くても全然、生きていけるのに。

プルルルっと家に備え付けてある、伝令神機が鳴った。私が受話器を取ろうとすると、その手を制して息子が電話口に立つ。


もしもし、雛森ですけど……あっ咲夏ちゃん?
いやっすいません。俺です
あっそっか、あのーお父さんまだ帰ってないよね
はい。今日は母さんの誕生日なんでプレゼントでも買ってきてるんだと
そうなの!毎年恒例のことだけど、シロちゃん咲夏ちゃんに何あげたらいいか分かんないらしくって……今まで買い物に付き合ってたの
そうですか、ありがとう御座います。てことは父さん、もうすぐ帰ってくるって事ですよね?
うん。瞬歩使ってたから、もうすぐだと思う。楽しみに待っててね。あっそうだ、咲夏ちゃんにお誕生日おめでとうって伝えおいてね
わかりました。桃さんも体冷やさないように気をつけて下さいよ?



頭の良い子だ。きっと桃ちゃんのこと、好きじゃないのに。親戚のおばさんを慕う無邪気な子供を即座に演じられるのだ。でも実際のところ、私は桃ちゃんが嫌いなわけじゃない。彼女はときどき不思議な顔をして「ふらっとあたしのとこ寄りにくるんだけど、日番谷くん何をするわけでもなくね……ただじっと隅の方で固まってるの」と真顔で相談してくる事がある。桃ちゃんみたいなタイプは器用に嘘をつけないから、本当にそうなのだと思う。ほんの少しだけだけど、私としているようなことを桃ちゃんともしているんじゃないかと、疑った自分が恥ずかしかった。私の心情を的確に、それも敏感に、この子は察してくれるのだけど……こういう部分までは流石に読み取れないみたいだ。そんな面が垣間見れると、この子もまだまだ子供なんだ、と再認識できる。

私は冬獅郎くんに縛られたって全く構わないのになぁ。夫婦なのになんで遠慮しちゃうんだろう。ひとりが嫌なら私はいつだってどこだって冬獅郎くんのそばに居てあげるのに。


「あっ父さん帰ってきた」


玄関へパタパタと、軽い足取りで向かう息子はやはり幼い日の彼を彷彿させる。緩んだ頬を引き締め直して、上着を脱いだ冬獅郎くんにお帰りと言葉をかけた。遅くなって悪い。とだけ言われた。遅くなった理由は告げられなかった。別に聞く必要もないから、私も聞かない。手に提げている私宛てのプレゼントだけで、幸せが感じられる。

ほとんど完成していた夕飯を用意すると、目を輝かせて頬張る我が子に、私も満足だ。相変わらず冬獅郎くんは旨いと一言だけ。買ってきてくれたのは、現世では定番らしい誕生日ケーキ。甘いの苦手なくせにね。私が甘いもの好きだから桃ちゃんは提案したと思うけど、冬獅郎くん食べられないじゃん。それでも私のためと思って、多少は無理をしてるのが丸分かりでも、一緒にお祝いしてくれたのが嬉しかった。


「咲夏、生まれきてくれてありがとうな」
『うん』
「それから……俺と一緒に生きてくれて、ありがとう」
『うん』
「これからも、よろしくな」


私は多くを望まないよ。冬獅郎くんがひとりぼっちで孤独に耐えなくていいように、私が傍で支えあげられること。それが私にとって一番の幸せなの。ねぇ、だから、寂しくなったら桃ちゃんに頼ってもいいけどね……私がいるってことも、忘れないでね。





氷原をひた走る
貴方の安らぎ処が私であればいい




お題サイト様→teeny world
2010/11/04