自分でいうのもなんだけど、あたしは人に、特に異性に好かれる容貌らしい。幼いころはあまり自覚していなかったけれど、年齢が上がるにつれ増えてくる男の子の視線に、それが気のせいではないとわかった。つまりあたしはよくモテる。男の子に告白して振られたことなんて一番もないし、告白された数なんて切りがなかった。それに、お人形さんみたいでいいなぁ……!周りの女の子たちがよく妬みを少量含んだ感嘆の声をこぼしているのを、あたしはちゃんと知っている。でもね肝心なとき役に立たなきゃそんなこと、全く意味ないの。

これまで通り上手くいくと自惚れれていた。いくら日番谷先輩といえどあたしに堕ちない人はいない、なんて傲慢な考えを平気で抱いていた。一目惚れするなんてバカバカしいと軽蔑していたあたしの心をさらっていったあの日から、今までのように物事がスムーズに進まなくなったんだ。


「冬獅郎、今日お前ん家寄ってもいいか!」
「……何しに来んだよ阿散井」
「連れねぇこと言うなって。なぁ一護?新作のDVD観るって約束忘れたのかよ」


部活が終了した帰り道、前を歩く一つ年上の先輩たちの会話をあたしは聞いていた。暗い夜道でも目立つ髪色のお三方と黒髪のあたしは妙にアンバランスだ。サッカー部の部員とマネージャー。たったそれだけの繋がりだけど、日番谷先輩に一番手っ取り早く近づく方法がこれだったから志願した。入学式のときに一目惚れして、友達伝いに名前を聞いて、やっとたどり着いた人なんだもの。迷いはなかった。めんどくせぇーと小さく呟いた日番谷先輩のうしろ姿。なんて恰好良いんだろう。なんて綺麗なんだろう。本当は横に並んで歩きたいのだけど、今の現状じゃあそれをやると不振がられるから我慢する。いつもの、分かれ道までもう少し――。その僅かな間は大好きな人を視界に捉えるために使う。

あんな子、絶対先輩に似合わない

先輩と付き合っている彼女の第一印象。あんな恰好良い先輩の彼女なんだからどんな別嬪さんかと思いきや……なんだ、あたしの方が断然可愛いじゃん。こっそり適当な理由をつけて先輩の彼女を見に行ったときに、あたしは愕然とした。もっと綺麗な可愛らしい女だと思っていた。あたしより綺麗だったらどうしようと心配していた。確かに可愛くないわけではない、だけどあの子はそういうのではなく弱弱しいといった感じを受ける。教室の隅で優れない顔色で読書しているのが、日番谷先輩の彼女?なにそれ。信じらんない。


「悪いが、今日は俺もこっちから帰る」
「へぇ珍しいな。大事な用でもあるのかよ?」
「DVD鑑賞よりかはよっぽどな」


いつもは此処であたしと先輩たちは別れる。中学は違う校区だったけれど、家は隣町だ。大抵はここまで一緒に帰って、それぞれの帰路に着く。だけど今日はすこし違ったみたい。日番谷先輩もあたしと同じ方向に来てくれるらしい。何でかな。DVD鑑賞よりも大事って言ってるけど、想像つかないな。滅多に見れない先輩が携帯を操作する姿を盗み見しながら、さよならーと控えめに手を振った。さりげなく自然にあたしは先輩の横に並んでみる。ねぇこれじゃあカップルに見えたりしない?なんてワクワクしながら。


『なんで今日はこっちからなんですか?』
「あ……いや、大した用じゃねぇんだけどよ」
『けど?』
「知り合いが風邪ひいたって聞いたから、見舞いにでも行ってやろうかと思って」


嫌な、予感がした。中学のときからお世話になっている乱菊先輩の言葉が脳裏を掠めた。知り合いって、なに?先輩、基本的に他人に自分から関わろうとしないじゃん。もうすぐ大会で体調管理しっかりしなきゃいけない大事な時期なのに、病人のところに行くってどういうこと?そのひと、そんなに大事なひとなの?

(女の勘ってのはね、嫌なときほど当たるもんよ)

さっきまでの幸せな気持ちは一瞬で消えうせた。まさか……あの人のために先輩はこっちの道を?


『それってもしかして、先輩の彼女ですか』
「知ってたのか?」
『え、あっ、はい』
「あいつ体弱いんだよ。なのに昨日だってカーディガン着忘れてな、馬鹿だろ」


さっきメールしたら思ったとおり風邪引いたらしい。ほんのり誇らしげな顔で、笑った。あたしはそんな見たこともない幸せな表情をされちゃうと、何も言えなくなった。最近、急激に寒さが増した。冷たい秋へと移り変わるこの時期に、寒さ対策を怠るなんて自業自得。天気予報でも耳にたこが出来るほどくどく言われてたこと。風邪を引いたのは彼女の責任で、先輩とは無関係じゃん。思わず出かけた言葉を、慌てて飲み込む。

(ふぅん……)

日番谷先輩はそういう恋愛に興味がないと思っていたのに。部活で一緒にいる時間が増えて、時々二人きりで会話を交えたりして、それでも女に興味がないんだとあたしは感じた。だからその態度だけ変えさせられるように頑張ればいいとばかり思っていた。まさか彼女がいるなんて。それも冴えない雰囲気の。あぁいう如何にも守ってあげたくなるような弱々しい子って、本当にいるんだ。


「あいつだけなんだ、俺のこときっちり理解してくれるの」


聞いてないのに、先輩はそう付け加えた。無口な先輩をこうまでお喋りにさせちゃうなんて……よっぽどその彼女の影響力は凄いらしい。あたしの方が上手に先輩を愛せるのに。先輩が望むことならなんでも差し出せるのに。あたしの方がお似合いなのに。あんな子よりあたしの方がいいのに。あたしにしとけばいいのに。

彼女を肯定する先輩を前に、こんなことしか浮かばないあたしって、どれだけ惨めな女なのよ。あたしが好きになった人が好きな人が、性格悪いわけないんじゃん。負け惜しみ以外の何者でもないわ。でも、本気で好きだったのになぁ。なんで肝心なときに役に立たないんだろう。


『先輩って何でも出来ちゃうけど、女見る目はないんですね』


ふわりと付けた唇に、先輩の瞳は見開かれた。





漆黒が埋没する
最後まで悪足掻きなんて不様すぎる







2010/10/26