そろそろ、なんだと思う。私たちは別次元に住んでいるのだから、交わる可能性なんて最初からなかった。高次元に生を成している彼からの干渉がなければ私は彼と同じ空間に存在することすら叶わない。それくらい頭の悪い私でも本能的に悟ってはいて……それでも好きにならないでいようと警戒し出した時点で、それはもう恋と呼ばずにはいられなかった。私たちは互いのことを詳しく知ろうとせず、相手が知る必要のあることだけを告げた。触れ合うだけで、そこに彼がいるだけで、私は充たされていた。先にある終焉をどれだけ引き延ばせるか。抱き合っていても常に頭はそこにあった。いつかは別れなければならない、それを前提に私から彼を誘った。でも、やはりそれは安直すぎた幼い考えで、最近になってその《いつか》が《いつか》でないことを私は知るのだ。

名の付いた関係になってから、私たちは似たもの通しなのだと感じた。生に拘泥していない虚ろな碧色の瞳。私の瞳も奇しくも、父親から受け継いだ蒼色だ。そのせいで周りから疎外され、忌避されたものだ。調和を保とうと日和見主義をとった頃もあったが馬鹿らしくてすぐに止めた。生きていて楽しいと思わない……なんて野暮なことは慎むけれど、現実(そこ)に私の希望があるかと言われれば違った。人肌が恋しくて彼を求める日々だけが私にとっての確かな幸福だった。もう何もかも捨てて、別に生きていることに何かを感じているわけでもないのだから、私は彼と共に果てたかった。下らない妄想だといえばそれまでだが、彼も何となくそれを望んでいる風に感じた。

(お前が望むなら、いいぜ)

現実は私たちには酷すぎる。自分の大切な人も失って、自分を想ってくれる誰かさえいない。辛い、しんどい。肯定的な発想が生まれる筈がない。


『あのね、あの……話があるの』


だけど――

大勢の部下が自分を慕ってくれていると彼は言った。血の繋がっていない自分を家族のように扱ってくれる人がいるとも。無知な自分を導き出してくれる人がいるとも。彼と私は決定的に、違うのだ。彼には私とは違って、彼のことを想ってくれている誰かがいる。その人たちは必死に彼の帰りを待っている。私なんかが邪魔しちゃいけなかったんだ。
彼は……そういえば名前さえも私たちは知らないな。つくづく、薄っぺらい関係だ。それでも満たされるから良かったんだけどね。人を上手く愛せない不器用な彼と人間の私はいずれ終焉を迎えなければならない。それが可及的永く永く、遠退いてくれればいいのだけど、やっぱり現実は酷なのだ。


『今日でお終いにしよう』
「は?」
『ごめんなさい。黙ってたけど貴方のこと……だんだん視えづらくなってるの』


ぐにゃりと視界が歪んだ。紋切り型の別れ言葉で陳腐だという自覚もあった。それでもこれしか私には浮かばなかった。聡い彼ならば私の拙い嘘など簡単に見抜いてしまうだろう。それを防ぐような立派な嘘はこれしかないと思った。気づかれない。気づかれては駄目。私はまだ一人で立っていられる自信がないから。それでも切り出した理由、貴方ならば判ってくれるよね。


「いつからだ?」
『結構前からかな。力の強い貴方の影響を受けているのかも』


バランサーである彼は釣り合いがとれなくなったという変化に敏感である筈だ。最もらしい理由だと判断したのか、彼はそれ以上なにも言わなかった。力の強い自分に感化されたとするならば、自分はもう此処にいない方が良い。そんな単純な思考回路を彼がしているわけないのだけど、結果的に私との関係を終わらせることに行き着いてくれれば満足だ。

でもね、多分、貴方……気づいているでしょ?

気付かれないに越したことはない。だけど私の下手で言い訳に似たそれを、貴方が完全に信じて納得するわけない。それくらいのこと、私でも分かる。


『じゃあ……ね』
「あぁ」
『また会うことはない、こともないのかな?』
「何だよそれ。お前は俺に会いたいのか」


冗談なのか本気なのか一瞬迷ってしまうような口ぶりだった。どこまでも私の決意を鈍らせる発言をする人だ。と、不本意ながら笑ってしまった。ポンポンと初めて会った時のように頭を撫でたあと、私がいつもせがまないとしてくれないキスをしてくれた。うん、もう、いい。充分幸せだよ……私。だから大丈夫。心配しないで。

(十番隊隊長、日番谷冬獅郎)

これが彼を端的に表した称号と名前だ。去る間際にこっそり残してくれた、彼の存在を証明する唯一のもの。だけど所詮は死神と人間の恋の末路なんて知れたもんじゃない。

もしもこっちの世界に来て、俺のことを忘れてないようだったら、会いに来てくれよ。約束だ。

だからこの最後にくれたこの言葉に深い意味なんてないと思う。事実、私も期待していない。だけどもし貴方の云う死後の世界が在って、そこに貴方はちゃんと居て、幸せに暮らしているのならば……会いに行ってもいいかな。





詰まらない嘘
どんなに最低でもこれが最善




お題サイト様→teeny world
2010/10/24