:: 3周年 | ナノ


真っ赤に染められた紅葉の葉が、一枚、また一枚と散ってゆく。その光景をぼんやりと眺めていれば、ポンッと誰かに肩を叩かれた。

振り返れば、そこにはいつもと変わらぬ微笑みを浮かべる名前さんがいた。

「なに見てるの?郁」
「別に。紅葉が散っているなと思って」

僕がそう言えば名前さんは、「本当だ」と言って、僕の隣に並んで同じ方向を見つめた。そうやってしばらくの間、僕と彼女は散りゆく紅葉を眺める。

それだからだろうか。
少しだけ感傷的になったのは。

そして僕は、少しだけ昔のことを思い出していた。僕がまだ、星月学園の生徒だった頃のことを…。

「まさか、郁がまたこの学園に戻ってくるとは思わなかった」
「僕もさ」
「琥太郎に誘われたんだっけ」
「琥太にぃに言われなきゃ、野郎ばかりの学園の教育実習なんて引き受けないよ」

ハァ、とため息をついた僕を見て、名前さんはクスクスと笑った。

僕と彼女が知り合ったのは、僕がまだ星月学園の生徒だったころ。だから、今から4年くらい前になる。だけど、ある出来事が起きてから僕と彼女は疎遠になっていた。

それでも、こうして星月学園で再会することができた。そうじゃなかったら、僕と彼女は一生会うことがなかったら。だって、そうじゃないと思い出してしまうんだ。僕と彼女だけが共有している、辛い辛い記憶を。

僕たちの、大切な人の記憶をー…。

「…教育実習、どうだった?」
「どうかな。でも、それなりに得られるものがあったよ」
「そう…。よかった」
「それに、名前さんにも会いたかったし」

そう言った僕を見て、彼女は少しだけ目を見開いた。そしてまた、散りゆく紅葉の方へと視線を移す。

「…そういえば、私も琥太郎にこの学園に来いって誘われたの」
「名前さんも?」
「自暴自棄になっていた、私をね」

それを聞いて僕はただ、「そっか」と呟いた。そして、僕も同じように紅葉へと視線を移す。

名前さんは、可哀想な人だ。この僕と同じ。
だって、僕たちはこの世で一番大切な人を失ったから。

僕は双子だった姉さんを、そして彼女は、最愛の弟を。

彼女の弟は、僕の友人だった。この学園で初めてできた、僕の友人。彼は、上辺だけの関係である多数の友人とは違い、僕にとっては心を許せる友人だった。
だって、彼女の弟なんだ。この学園のみんなから好かれている彼女を見れば、弟がどんな人物だったかも容易く想像できるだろ。

そんな彼は、17歳の冬に天国へ旅立ってしまった。
病気による発作が原因だったらしい。

そして彼のお葬式で、僕と名前さんは出会ったんだ。

「郁と出会って、もう4年が経つのね」
「そうだね」
「あの子がいなくなって、もう4年…」
「…長い4年間だった」

ポツリ、とそう呟くと、名前さんはただ何も言わずに頷いて、そしてそっと僕の肩に寄り添うようにして頭を預けた。

「この学園に来てからね、ずっとあの子の姿を探しているの。だけど、見つけられない…」
「………。」

ああ、やっぱり。彼女は可哀想な人だ。こうして今も、亡き弟の姿を探し続けているのだから。

彼は確かに、ここにいた。この学園で、生徒として日々を過ごしていた。クラスの友人たちと、部活動の仲間たちと、この学園の教師たちと。誰もが一度は過ごす青春時代を、ここで過ごしていた。

キラキラとした、眩しい日々を。
砂漠の砂のように、呆気なく風で流されてしまう日々を。

「…僕が彼と過ごしたのは、2年にも満たない時間だった。だけど、確かに彼はここにいた」
「っ…」
「だけど、彼はもうここにいない。ここにあるのは、彼が愛した学園だけだ」

そう。彼は、誰よりもこの学園が好きだった。そしてその想いを僕にいつも語ってくれた。時には、電話を通して名前さんにも。

だから彼女はこの学園に来たのだろう。弟の思い出を探しに、そして弟が愛した学園での日々を過ごすために。

「あの子ね、いつも楽しそうに話してくれたの。この学園での日々を…。郁、貴方のこともね」
「彼も僕に話してくれたよ。君のこと…自慢の姉だって」
「そっか…」

サアアッと涼やかな秋風が、名前さんの髪を揺らした。彼女はそれを、そっと耳にかける。

そういえば、この横顔は彼とよく似ている。彼もよく、こうして外の景色を見つめていたっけ。四季にそって変わる、この学園の景色を。でも、彼と彼女じゃ身長の差が少しあるかな。

「…教育実習生としてこの学園で過ごした日々は、楽しかった?」
「まぁまぁかな。だけど、僕も君と同じだ」
「私と?」
「ふとしたときに、彼を思い出す。ここには、彼との思い出が多すぎるから…」

そう言いながら僕は、そっと手の平で目を覆った。泣いている顔を、名前さんに見られたくなかったから。

そんな僕の手の平を、彼女はそっと掴む。そして、僕の手を引きながら自分の方へ向き直らせると、僕の顔を真っ直ぐに見つめた。

「泣いてる顔、隠さないで」
「どうして…?」
「だって、こうして郁の涙を拭えないじゃない」

僕の瞳から零れ落ちる涙を、優しく拭った名前さんの指。だけどそれで涙が止まるわけでもなく、どんどん溢れ出した。

僕は、大切な姉と大切な友人を亡くした。その事実はどうやったって変わるものではなく、そして僕の力で変えられるものでもない。彼女たちにどれだけ会いたいと願っても、僕は会うことができないんだ。

だから、僕はこうして涙を流す。

思い出の中から彼女たちの姿を見つけては、寂しさを募らせる。そしてそれを少しでも忘れたいがために、涙によって寂しさを消化するんだ。

「…ねぇ」
「なぁに?」
「君は、泣いたことある?」
「え…?」
「彼のお葬式でも、君は泣かなかった。だから、君が最後に泣いたのはいつかなと思って…」

僕は、彼女の泣いた顔を見たことがない。だから、思ったんだ。名前さんは、彼が亡くなってから一度も泣いていないんじゃないかと。

だったら、彼女の中に積もりに積もった寂しさはどうやって消化されるんだろう?

涙を流す以外に寂しさを消化する方法なんて、この世に存在するのだろうか?だけど僕は、その方法を知らない。だったら、彼女の心は今とても…。

寂しさで、溢れているのかもしれない。

「私は、泣き場所だから」
「泣き場所?」
「誰かが泣きたいときに、泣ける場所になれるように。だから、泣かない」

彼女の真っ直ぐな瞳からは、とても強い意志が伝わってきた。それは彼女の覚悟なのか、それともただの強がりなのか。

残念ながら、僕には分からない。だけど、こう思ったんだ。

僕が、彼女の泣き場所になれたらいいなって。
いつか、彼女が泣きたくなったときに…。


2015/07/12

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