:: 3周年 | ナノ


空から舞い落ちる雪が、夕陽によって薄紅色に染め上げられる。それはまるで、冬の季節に咲く桜のようで泣きたくなるくらい美しかった。

桜は、俺にとって楽しかったことや嬉しかったこと、そして幸せだったことを思い出させてくれる花だ。だが、それと同時に心の奥底に残る苦い思い出も蘇る。

桜は好きだ。だが、その苦い思い出ごと好きになれるわけではない。それでも、桜を見ているときだけは恋しい思い出に身を委ねることができた。だからこそ、卒業式にこうして桜のような雪が降ってくれて嬉しかった。

そしてそれを、生徒会の奴らと見ることができて本当によかった。
最後に、こいつらと一緒に…。

俺は今日、星月学園を卒業した。

留年したせいで人よりも一年多く通うことにはなったが、卒業を迎えた今となってはそれでよかった気がする。そのおかげで、月子と颯斗とは二年、そして本来ならこの学園で一緒に過ごすことのできなかった翼と過ごすことができたしな。

ただ、一つ心残りがあるとするなら…。
この学園で俺がすべきことは全てやりきれたかだ。

きっとそれは、これから会いにいく人が教えてくれる。そう思いながら俺は、ある場所へと向かった。それは、本校舎の一階にある購買部。そこに行けば、いつものようにその人はカウンターのところに座っていた。

「こんな時間になっても、ここにいたのか」
「なんとなく、一樹がここに来るんじゃないかと思って」
「お前との付き合いも長いもんな」
「だから、自然と分かるようになったのかも」

彼女は、名字名前。俺がこの学園に入学した次の年に、事務員としてこの学園に赴任してきた人物だ。

だから、彼女との付き合いはかれこれ3年になる。
それだからか、俺たちはお互いを下の名前で呼び合う仲になっていた。

「卒業おめでとう、一樹」
「ありがとな、名前」

そう言って、優しい微笑みを浮かべた名前。そして俺は、何を言われたわけでもなくカウンターの中の方へ移動し、そこにあった椅子に腰を下ろした。

こうしてここで彼女と話すのも、これで何回目だろうか。
もう数え切れないくらい、ここに来ている気がする。

もしかしたら、生徒会室と同じくらいここに通っているかもな。

だが、ここに来るのも今日で最後だ。明日から、俺はこの学園の生徒ではなくなるのだから。毎日のように、ここに来ることができなくなる。

だから俺は、最後に聞きたいことがあった。

「なぁ、お前に聞きたいことがあるんだ」
「私に?」
「お前だったら、答えてくれると思ってな」
「何かしら」

俺の瞳を真っ直ぐに見つめて、名前はそう言った。ああ、俺は彼女のこの目が好きだ。

強い意志が込められた、真っ直ぐなその瞳。その瞳には、真実を見抜く力があると信じてやまないんだ。だから、彼女なら嘘をつかずに全てを答えてくれると思った。

「俺は、全てをやりきれたと思うか…?」
「…全て、を?」
「この学園で俺ができること、全てをってことだ」

俺がそう言うと、名前は何か考えるような素振りを見せて黙ってしまった。

きっと今、彼女は俺との思い出を振り返っているのだろう。そして、俺が今までしてきたことを一つずつ思い出してくれている。だったら俺は、ここで彼女が答えてくれるのを待つべきだろう。

そうして黙って待つこと数分、ついに彼女が口を開いた。

「一樹は、自分にできることって何だと思う?」
「俺に、できること?」
「そう」
「…俺にできることは、生徒会長としての立場から学園に貢献すること、そしてこの星詠みの力で予知した未来を変えることだ」

俺は、自分ができると思ったことを素直にそう話す。そして俺がそう言えば、名前はただ黙って頷いた。

「私の、素直な感想でいいかしら」
「それでいい。それが、知りたいんだ」
「…一樹が生徒会長になってから、この学園は変わったわ。良い方向に。それまでの星月学園は、生徒の自主性を尊重するあまりに協調性を重視していなかった。だけど、一樹が考えてくれた行事やイベントのおかげで、この学園の生徒達は協調性を学ぶことができた」
「そうか…」

確かに、俺が生徒会長になるまではこの学園には入学式や卒業式、体育祭や文化祭などどこの学校にもある行事しかなかった。

七夕祭や星見会は、俺が生徒会長になってから考えたイベントだ。それ以外にも、ベツレヘムの星祭やバレンタインデーのイベントとかもだな…。そのおかげで生徒たちに協調性が生まれたっていうのなら、嬉しい限りだ。

だけど、名前がこの学園に来たのは俺が入学した次の年だろう?それなのに、どうしてその学園の様子を…?

それを名前に聞けば彼女は、「弟がこの学園に通っていたの」と答えた。

「弟?それは初耳だ」
「初めて話したもの。でも、一樹が入学する前に卒業したわ」
「なるほどな」

それなら、俺が入学する前の星月学園を知っていて当然だ。この学園に通っていたという弟から話を聞いているだろうから。

ということは、俺が生徒会長という立場を利用して学園に貢献することはできた、ということでいいのか…。だけど、不思議だな。名前に言われるまでそんな実感なかったが、彼女に言われて初めて実感が湧いた。

だとしたら、俺が星詠みの力で視た未来を変えたことは…。
それは、彼女の目にはどう映ったのだろう。

俺が星詠みの力で視た未来を変えるのを、桜士郎や誉はいつも反対していた。理由は、未来を変えた代償のせいで俺が傷を負うからだ。だが、名前は違った。

彼女は、俺が未来を変えたことを知るといつも、「よく頑張ったね」と言って、背伸びをしながら頭を撫でてくれたから…。

だから、彼女は俺が未来を変えるのに肯定的なのだと思っていた。

「…そして、一樹はこの学園を良い方向に導くだけじゃなく、守ってくれた」
「っ…」
「私が愛してやまない、この学園を…」
「名前…」

そう言った彼女の瞳は、優しく細められていた。その優しい眼差しを見るのは初めてのことで、俺は彼女がどれだけこの学園を愛しているのか今になって知った。

俺だって、この学園のことを愛しているし大切だと思っている。だけどきっと、それは彼女が抱く感情とは似ているようで違うような気がする。彼女の場合は、もっとこう学園自体を愛しているというか…。

「弟がね、この学園をとても大切に想っていたの。だから…」
「そう、か」

ああ、そうか。彼女は、この学園を大切に想っていた弟のことを愛しているんだ。その愛が、この学園にも向けられている。

それはつまり、彼女はこの学園のことを、そしてこの学園にいる生徒たちのことを家族のように思っているということなのかもしれない。だからこそ、彼女はこの学園にいる誰からも好かれ、愛されているのだろう。

そして、そんな彼女だからこそ俺は自分の思っていることを素直に口にできる。

「一樹が未来を変えることに、みんなが良い顔をしないことは知ってる。だけど、私は貴方のことを否定できないわ」
「もし、お前が星詠みの力を持っていたらお前はどうしていた?」
「一樹と同じことをしていた」

そう即答した名前。彼女のこういうところが、俺は好きだ。

最初から決められている未来を変えるべきではないとか、代償を受けなければならないとか、そういった考えに捉われずに、ただ自分の思いを綺麗な言葉で飾ることなく教えてくれる。

そしてやはり、彼女と俺はよく似ている。
誰かのためなら、自分のことを平気で犠牲にするところが。

だから俺は、未来を変えるたびに彼女のところを訪れていた。そして、彼女にどんな未来を変えたか、そしてどんな代償を受けたかを全て話した。その度に、彼女は俺のしたことを否定せずにただ黙って聞いてくれる。

それが、俺は正しいことをしていると言ってもらえているようで、嬉しかったんだ。

「でも、これからが心配」
「これから?」
「一樹が私の目の届かないところに行ってしまうから」

そう、だったのか。名前はいつも、俺が未来を変えた話をしに来る度に、その目で俺の安全を確認していたのか。

ったく、俺のやっていることを肯定しておきながら、本当は心配しているんじゃねーか。それでも、そんな彼女を疎いとは思わなかった。むしろ、それが彼女らしいと思っていた。

だって彼女は、俺たちのことを誰よりも大切に想ってくれているからー…。だから、いつしか俺も彼女のことを大切に想うようになったのかもしれない。

「一樹は、私の弟に似ているから余計に心配になっちゃうのかも」
「ははっ。弟、な…」

今はまだ、そうなのかもしれない。だが、俺がもう少し大人になって名前に追いつけたら…。

そのときは、俺がお前を迎えに行こう。学園の正門からこの購買部まで真っ赤な絨毯を敷いて、そしてまるでどこかの国の王子のようにお姫様の前で跪く。

そうして差し出した手を、どうか受け取ってくれないだろうか?


2015/07/11

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