:: 3周年 | ナノ


ずっとずっと、あの人の背中を追い続けてきた。

あの人は、どんなときだって俺の前にいてくれたから。
俺がまだ弱かったあの頃も、そして今も。

あの人は、俺に大切な人を守る方法を教えてくれた。それ以外にも、あの人からはたくさんのことを学んだ。
たくさん、たくさんあの人から貰ったものがある。だけど…だけど俺は、結局あの人に何も返せなった。

むしろ、あの人から奪ってはいけないものを奪ってしまった。独りにしてはいけないときに、あの人を独りにしてしまった。

俺はずっと、そのことを後悔している…。

まだ雪が残る春先に、星月学園で卒業式が行われた。俺は在校生として見送る立場だったから、卒業式とは直接関係なかったんだが…。だけど、その日は俺にとって大切な人が卒業する日だった。

俺にとって大切な人…。いや、俺たちにとって大切な人。
不知火、一樹先輩…。

俺と錫也、そして月子が小学生だったときに、一緒に遊んでくれた近所のお兄さんがいた。それが、不知火先輩だった。
最初に先輩と知り合ったのは月子だ。そして、その後に月子が先輩のことを俺たちに紹介してくれたおかげで、俺たちはすぐに仲良くなった。毎日、毎日、飽きることなく一緒に遊んだ。

だけど、幸せなその日々は長くは続かなかった。

あの事件があったせいで、俺たちと不知火先輩は関わってはいけない関係になってしまったから。そして、この星月学園で再会するまでの間、俺は不知火先輩とは無関係なんだと自分に言い聞かせて過ごしてきた。

それでも、俺はずっと不知火先輩に謝りたかった。あの事件は、不知火先輩のせいじゃないですって言いたかった…。

だからこそ、星月学園で先輩と再会したときは本当に嬉しかった。
そして、先輩が昔と変わらず接してくれることに泣きそうになった。

そうしてまた先輩と過ごせるようになって、謝れるチャンスは何度もあった。だけど、そのチャンスを生かせないままこの日を迎えてしまった。

「…クソッ」

卒業式が終わり、後悔と、そして自分への苛立ちが混ざったムシャクシャした気持ちを抱えながら、俺は校舎をただぐるぐると歩き回っていた。寮には、戻る気になれなかったから。

乱雑に髪を掻き揚げ、荒々しい舌打ちをする。そうしていれば、誰かに後ろからポンと肩を叩かれた。

「あ?」
「こんばんは、七海くん」

振り返れば、そこには名字さんがいた。この人は、この学園にある購買部でレジをしている人で、それ以外にも事務仕事とかいろいろ担当しているらしい。

錫也がいつも弁当を作ってくれるから購買で買い物をすることはほとんどないが、授業をサボっているときとかによく暇つぶしで購買を訪れていたことはある。だから、この人とはそれなりに面識があった。

「こんな時間に、何やってんだよ」
「それはこっちのセリフ。卒業式が終わったら、みんな寮に帰っていいって言われたでしょう?」

そして、彼女は俺の隣に並んで歩き始める。ったく、なんだか面倒な奴に掴まっちまったな…。

「あんたは、卒業式に出席したのか?」
「一応ね」
「ふーん…。あんたも忙しいんだな」
「ただの購買のおばちゃんってわけにいかないもの」

そう言いながら、彼女は微笑んだ。まぁ、こいつは自分のことをおばちゃんを言うが、はっきり言って見た目は俺らとそう変わらない。

もし月子と同じ制服を着ていたら、うちの生徒と間違えるくらいだ。だからこそ彼女は、学園のマドンナと呼ばれる月子と同じような意味で、生徒たちから憧れの視線で見つめられていた。

俺にとって彼女は憧れの存在っつーか、姉貴的存在というか…。例えるなら、不知火先輩と同じような存在だった。

「七海くん、泣いてたね」
「なっ!?」
「私が座っている席から、七海くんの姿が見えたの」
「っ…。誰かに言ったか?」
「まさか」

あークソッ。まさか、こいつに見られていたなんて…。つーか、泣いたって言ってもちょっとうるっときたくらいで、そんな号泣していたってわけじゃねーし…。

「でも、ビックリした」
「んだよ」
「だって、七海くんって三年生たちとは仲が悪いって思っていたから」

それは、上級生からよく喧嘩を売られてそれを買っていたからだと思う。確かに、仲が良いとは言えないな。

それでも、俺にだって仲が良い先輩はいる。いや、仲が良いっていうか尊敬していると言った方が正しいかもしれないが…。尊敬している先輩の門出だったんだ。泣かない方がおかしいだろう。

それに、今度こそ一生の別れになるだろうから…。

「昔、世話になった先輩がいたんだよ」
「そうだったの」
「だけど…」
「…何か、あったの?」
「その人と昔、喧嘩して…。いや、喧嘩ってわけじゃねーんだけど。とにかく、その人は何も悪くないのに、俺は、俺たちは…その人のせいにして、その人を傷つけたんだ」

月子が倉庫に閉じ込められたとき、月子を一番に見つけてくれたのは不知火先輩だった。だからこそ、本当は先輩に感謝を伝えるべきだったんだ。

だけど、俺と錫也は月子が倉庫に閉じ込められたのを先輩のせいにして、月子には二度と近づくなという約束までさせてしまった。そのことで、その人が独りになってしまうなんてあのときの俺は知る由もなかったんだ…。

だからこそ、謝りたい。ごめんなさいって言って、そして、ありがとうって伝えたい。

もしかしたら、俺にはそんなことを言う資格はないのかもしれないけど…。

「七海くんは、その人に謝りたかったの?」
「それもあるし、礼も言いたかったんだ」
「伝えたいことを、伝えることができなかったのね…」

どこか遠くを見つめながら、名字さんはそう呟く。その目には、廊下の先ではなく何か違うものを映しているようにも見えた。

この目だ。この目が、どことなく不知火先輩に似ているんだ。

だから俺は、この人にはどんなことでも言ってしまう。言いたくないって思っている弱音や愚痴も、全部ぜんぶ零してしまうんだ。

「きっと、その人にはもう二度と伝えることができない」
「どうして?」
「この学園であの人に再会できたこと自体、奇跡だったんだ。だから、あの人がこの学園から卒業してしまった今は…」

もう、ごめんなさいもありがとうも伝えることができない。

不知火先輩が卒業してしまった今、俺は先輩に会える理由がないから。先輩が卒業していなければ学校で偶然を装って会うことはできた。
だが、今はそれができない。何か特別な理由がない限り、不知火先輩には会うことができないんだ。

そもそも、不知火先輩は俺と会っても嬉しくないだろう。
嫌な思い出を、思い出させてしまうから。

「大丈夫よ」
「はぁ?」

凛とした声で、彼女はそう答えた。まるで、自信満々とでも言わんがばかりのその態度に、思わず素っ頓狂な声が出てしまう。

「その人が星月学園の生徒なら、きっとまたここに戻ってくる。そしたら、そのときに伝えればいいじゃない。きっとまた、チャンスは巡ってくるわ」
「そう上手くいくかよ…」
「だって、七海くんもその人も生きているんだもの。生きていれば、なんだってできるわ」

生きている、その言葉の重みをきっと俺は誰よりも知っている。だからこそ、彼女にそう言われたときに心にズンッと重石が乗ったようだった。

そう、だよな。俺と不知火先輩は生きているんだ。生きているからこそ、伝えることができる。俺はもう、父さんには伝えたいことを伝えることができないから…。それに、俺自身の時間もあとどれくらい残されているか…。

だからこそ、生きている『今』を大切にしたい。

「生きている、か」
「そうよ。当たり前のことすぎてついつい忘れてしまうけど、ね」

普段ならこういうことを言われると、俺の病気のことを何も知らないくせに…と考えてしまう。

だけど、名字さんに言われるとそういう考えは浮かばなかった。むしろ、この人は命の重みを俺よりも知っていると感じた。だからだろう、生きていればなんでもできるという言葉がここまで響いたのは。

そして思った。俺は、これからも生きたいと。
彼女のおかげで…。


2015/07/09

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