:: 3周年 | ナノ


誰もいなくなった生徒会室を見回していると、喉から込み上げてくる何か熱いものを感じた。

最後の最後まで、俺はそらそらと書記を笑顔で見送った。
涙は、見せちゃダメだと思ったから。

だから、我慢したんだ。

きっと俺が泣いてしまえば、そらそらと月子は困った顔をする。せっかくの晴れの舞台なのに、二人にそんな顔はさせたくなかった。俺が笑顔でいれば、二人も笑ってくれる。

ぬいぬいも、そうだった。最後の最後で涙が止まらなくなっちゃったけど、俺が笑っているときはずっと笑ってくれていたから。

ぬいぬい、そらそら、そして書記。
みんなみんな、俺のもとからいなくなってしまった。

おかしいな。この学園に来るまでは悲しいっていう感情がよく分からなかった。それなのに、ここで過ごした時間のせいで俺は感情というものが分かるようになってしまった。楽しい、嬉しい、愛しい、悲しい、苦しい、寂しい…。

そのどれもは、人間にとって必要不可欠なものだ。だけど、機械にはいらない。

こんなに悲しいなら、こんなに苦しいなら、こんなに寂しいなら。俺はいっそのこと、機械になりたかった。そうすれば、感じたくない情を感じる必要はないから。その代わりに、幸せな感情を全て感じなくなったとしても…。俺は…。

一人でいる生徒会室は、あまりにも寂しすぎた。だから俺は、その場から逃げ出した。寂しさという名の闇に取り込まれないように。

脇目も振らずに走り出したせいだろう。俺は、目の前に人がいることなんてまったく気づかなかった。

ドンッ。

「きゃっ!」
「ぬわっ!?」

咄嗟に出た手は、しっかりと彼女の手を掴んだ。

「名前…!」
「翼くん…。ふふっ、ちゃんと前見て走らないとだめよ」

そう言って、名前は笑った。そんな彼女に俺は、「ごめん」と言いながら頭を下げる。

そして頭を上げて彼女の姿を見てみれば、今日が卒業式だったからか名前は普段着ている私服とは違い、スーツに身を包んでいた。

「名前も、卒業式に参加していたのか?」
「一応、職員として雇われているからね。翼くんの送辞、ちゃんと聞いてたよ」
「そっか…」

そうやっていくつか言葉を交わしながら、彼女に歩幅を合わせて歩く。そうしていれば、着いたのは彼女がいつもいる購買だった。

そういえば、彼女と初めて会ったのは購買だったっけ。ぬいぬいに連れられて行った購買に、彼女はいたんだ。俺にはきっとできないであろう、優しい笑みを浮かべながら。

「今日は卒業式だから、購買は休みなんじゃ…」
「お休みよ。でも、仕事はあるから」
「仕事?」
「新年度のための準備をね」

新年度、その言葉を聞いて俺はまた俯く。新年度になれば、そらそらと書記のいない学園生活が始まる。律はいるけど…それでも…。

大切な人たちのいない日々なんて、何の意味があるんだろう?

きっと、それは何の意味も持たない日々。じいちゃんがいなくなったときと同じだ。俺はそうやって、また過去の俺へと戻っていく。今の俺を見たら、天国のじいちゃんはどう思うだろう?

そのとき、ヒヤッと冷たいものが頬に触れた。

「ぬわっ!?」
「はい、これあげる」

そう言って、名前はジュースの缶を俺に差し出した。甘いあまい、桃のジュース。そういえば、月子が風邪を引いたときに食べる桃缶は特別だって前に話してたっけ。

俺はジュースのお礼を言いながら、そのことを名前に話した。そうすれば、名前は目を細めて優しく微笑む。

「卒業していく人たちを見送るのは、寂しいわ。だけど、彼らはちゃんとあるものを遺していってくれた」
「あるもの…?」
「それはね、思い出。翼くんはいま、桃のジュースを見て月子ちゃんのことを思い出したでしょう?」
「うぬ…」

確かに、名前の言う通りだ。俺は名前がくれた桃のジュースを見て、月子のことを思い出した。

そして、そのときの感情も。

「月子ちゃんとその会話をした思い出がなければ、記憶の中の月子ちゃんに会うことはできなかった」
「………。」
「思い出さえあれば、いつでも会いたい人に会えるでしょう?」

そう言われて、俺は目を閉じて思い出の中から会いたい人たちを探した。そうすれば、浮かんでくるのはぬいぬいやそらそら、そして書記のこと。

だけど、やっぱりダメだ。思い出の中で会ってしまうと、ますます恋しい気持ちが溢れて寂しくなる。直接会って、その存在を肌で感じて、触れ合いたいと思ってしまう。こんなの、虚しいだけだ。

「余計、寂しくなったのだ…」
「…そうね。思い出の中だけでは、寂しさが余計増してしまう」
「だったら、どうして…」
「そうやって寂しい思いをした分、また会えたときに嬉しくなる。それを繰り返して、人は生きていくの」
「よく、分からないのだ…」

名前の言っていることは、よく分からない。どうして、寂しさを繰り返して生きていかなくちゃいけないのだ?

こんな想いをするくらいなら、最初から出会わなければよかった。そんなことさえ、思ってしまう。だけど、心のすみっこの方で「それは違う」って声が聴こえるんだ。

その声の主は、思い出の中で笑っている俺。

そして、俺は言う。「寂しいって気持ちが大きいだけ、その人を大切に想う気持ちも大きいんだ」と。「だから、その気持ちを失っちゃいけない」と。

そう、か…。この寂しいという気持ちを失ってしまうと、それと同時に大切な人を想う気持ちも失うことになるのか。それは、イヤなのだ…。俺は、みんなから教えてもらったこの気持ちを失いたくない。

そう、名前に話した。

「大切な誰かを想えば想うほど、寂しくなる。だけどその寂しさが、大切なその人をさらに大切に想わせてくれる、のね…」
「…名前も、いるのか?」
「え…?」
「思い出の中に、会いたい人が」

名前が遠い目をしてそう呟くから、少し気になった。だって、彼女がどこか寂しそうに見えたから。

「そう、ね…。そしてその人は思い出の中でしかもう会えないわ…」
「…ごめん。名前にそんな顔させたくなかったのだ」

名前の会いたい人は、きっとじいちゃんと同じで天国に旅立ってしまった。だって、じいちゃんも思い出の中でしか会えないから。

俺は、寂しい気持ちがどんなに大きくなってもぬいぬいたちにはまた会える。ぬいぬいたちも、じいちゃんと同じで俺にとって大切な人だから。だけどもし、名前にとって大切な人がその人しかいなかったら…。

名前の寂しさは今、どれくらい大きいんだろう?

「ううん。ねぇ、翼くん。寂しくなったらまたこうしてお話しない?」
「ぬ…?」
「私はいつでもここにいるから、寂しいと思ったらまたここに来て」
「…うぬ。ありがとう、名前」

そう言って、僕は彼女と別れた。

彼女はきっと、寂しい人だ。だから、彼女の傍には誰かがいてあげないといけないような気がした。だったら俺は、俺がここにいる間はなるべく彼女の傍にいようと思う。

そうすることで、俺の寂しさも少し癒されるから。


2015/07/08

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