:: 3周年 | ナノ


小さいころ、僕には友達と呼べる存在がいなかった。

理由は簡単だ。僕は、人とは違うから。
僕のこの見た目が、彼らとは違ったからだ。

僕は小さいころ、母の生まれた日本で過ごしていた。だけど、フランス人の父を持つ僕は日本人とは違う容姿をしていた。
燃える炎よりも、より深い真紅の色をした髪の毛。宝石のルビーのように透き通った赤い目。そして、何ものにも染まらない白い肌。そのどれもが、僕と彼らは違うんだということを知らしめていた。

それが悪かったわけじゃない。
ううん。僕は何も悪くなかったんだ。

それなのに…。

人間という生き物は、自分とは違うものにひどく怯える。あのころの僕は、彼らにとって異端者だったのだろう。

だからみんな、僕をいじめた。言葉で暴力で、ときには僕に向ける視線だけで。

僕はもう、誰も信じられなくなった。毎日、どうしてどうしてと心の中で問い続けた。その答えは、今となっても分からないけど…。だけど、だけど、ね?こんな僕にも信じられる人ができたんだ。

僕の心を救ってくれた女の子と、その幼馴染の二人。
彼らは、僕にとって初めてできた親友だった。

彼らと過ごす時間はキラキラと眩しくて、僕にとってそれは宝石箱の中に大切にしまっておきたい宝物になった。ずっとずっと、この宝石箱にたくさんのものをつめていこう。そう、思っていた。

だけど…。

「フランスに帰る!?」
「うん…。元々、星月学園には条件付きで転校してきたんだ。父さんの研究が軌道に乗ったら、手伝うっていう条件で。その研究を手伝うのは僕の夢だったから、だから…」
「せっかく、羊くんと仲良くなれたのに…」
「…ごめんね、月子」
「ほら、二人とも。羊は自分の夢を叶えるためにフランスに帰国するんだ。そんな寂しそうな顔しちゃダメだろう?」

僕が帰国すると知って、泣きそうな顔をした月子と哉太。その二人を錫也が宥めようとするけど、彼の顔にも笑顔がなくなっていた。

そんな顔を、させたかったわけじゃないんだ。
だけど、なんでだろう。
その顔を見て、少し嬉しくなってしまったのは。

もちろん、僕だって悲しかった。初めてできた親友たちと別れるのは…。それなのに、この感情は一体何だろう?

僕には、分からない。
そう考えていると、自然と足が彼女の元へと進んでいた。

「こんにちは」
「…こんにちは」

夕陽が差し込んだ購買の受付に、彼女はいた。その彼女のアッシュローズの髪が、夕陽に溶け込んでサラリと零れる。

その姿を見ただけで、なぜか安心して小さな吐息が零れた。

「今日は何を買いに来たの?」
「今日は、そういうわけじゃなくて…」
「そうなの?土萌くんのために、今日もお菓子いっぱい用意していたのに」

彼女の名前は、名字名前さん。星月学園にある購買や他にも事務などの仕事を担当している女性だ。

彼女はいつも、生徒がいる時間帯は購買でレジをしていた。僕はお腹が空くとよく購買に足を運んでいたから、彼女と親しくなるのも時間の問題だった。

購買で買い物をしている間の、ほんの数分。
その数分だけが、僕と彼女が会話できる時間だった。

「それじゃあ、今日はどうしたの?」
「聞きたいことがあるんだ」
「そう…。じゃあ、立っててもあれだから、こっちにいらっしゃい」

そう言って、彼女は購買の商品がある場所とレジが置かれている場所に設置された仕切りにあるドアを開けた。

言われるままにそこに入れば、そこには購買の商品に関係するであろう資料が大量に積み上げられ、その横には一台のノートパソコンが置かれている。そして、二脚の丸椅子もそこにあった。

この椅子はきっと、彼女が用意したのだろう。彼女はいつも、生徒がレジに並ぶ以外のときはここに座って仕事をしていたから。

「ふふっ。お菓子もあるわよ。これは内緒にしててね?」
「うん…。ありがとう」

置かれていた丸椅子に座り、彼女が差し出したポッキーの袋を受け取る。そこから一本取り出して口に含めば、甘いチョコレートの味が口の中に広がった。

「こうして土萌くんとお話するのは、これが初めてかな」
「普段は、レジにいるときだけだったからね」
「なんだか、新鮮」

クスクス、と彼女は手の平で口を押さえながら笑った。その笑顔を見ると、彼女が僕よりも年上だということを忘れてしまう。

女性に年齢を聞くことは失礼だから、僕は彼女の歳を知らない。
だけど、こうしてここで働いているということは20代なのかな。

「それで…何かあったのかな?」
「何かあったってほどじゃないけど…。実は僕、フランスに帰ることになったんだ」
「そう、だったの…」

僕がそう言えば、月子たちと同じように彼女も悲しそうな顔をするのかと思った。だけど、彼女は違った。

その唇で柔らかな孤を描いて、そして儚げに笑ったんだ。

「…君は、月子たちとは違う顔をするんだね」
「そう?」
「みんなは悲しそうな顔をしていて…だけど、君はどうして笑うの?」
「土萌くんとの別れが悲しくないわけじゃないのよ?だけど、夢に向かって羽ばたこうとする姿が素敵に見えたから」
「っ…!」

さっきとは違い、やはり彼女は大人の女性だと思った。

しばらく僕のことを見つめていた彼女は、差し込む夕陽が眩しかったのか、それとも、僕のことが眩しく見えたのか、そっと目を細めた。

「僕がフランスに帰国するって月子たちに言ったとき、みんな悲しそうな顔をしていて…。だけど、君は笑った。そして僕は、どっちも嬉しいって思ったんだ」
「別れを悲しむのは、みんな土萌くんのことが好きだからよ。だから、嬉しいって思ったんじゃない?」
「そう、なのかな…」

僕はきっと、人から向けられる好意に鈍いんだ。そして、その好意を素直に受け取れる人間じゃない。

だから、最初は疑ってしまう。自分の心を守るために疑って、疑って、疑い続けて。そうやって『疑い』に雁字搦めにされた心に、時々スルリと入り込んでくる人がいる。それが月子や哉太、錫也であり、そして彼女だった。

「こうして、君と話ができて良かったよ」
「私はいつでもここにいるから、また話に来て」
「もうすぐ、出来なくなっちゃうけどね…」

フランスに帰国してしまえば、こうして彼女と話すこともできなくなってしまう。それは彼女も、分かっているはずだ。

だから僕は、目を伏せながらそう言った。だけどそんな僕に対して、彼女はきょとんとした顔で口を開いた。

「そんなことないわ」
「え?」
「またいつでも、この学園に来ていいのよ。どれだけの時間が流れようと、どれだけ周りが変わろうと。ここで土萌くんが過ごした思い出だけは、変わらないから」
「っ……」
「それに、私もね」

そう言って笑った彼女は、差し込む夕陽の光に溶けて消えてしまいそうだった。その神秘的な光景から、僕は目が離せなくなる。

そして僕は、そっと彼女の手を取った。

「どうしたの?」
「君が、消えてしまいそうで…」

僕がそう言うと、彼女は僕の手の平をそっと包んだ。その手の平は温かく、なぜか分からないけど涙が出そうになった。

「…また、会いに来てね」
「うん。必ず」

幾つもの季節が流れようと、どれほどの時間が過ぎようと、きっとここはいつでも僕を歓迎してくれる。

この購買(ばしょ)だけは、ずっと変わらずに。


2015/07/07

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