ザーザーと、朝から降り続ける雨の音。その激しさは時間が進むごとに増していき、止むことを知らない。
こういう日は、どこにも出かけずに家のリビングにいるのが一番良いかも。そう思って朝からずっと家にいるんだけど…。こういう日に家に一人でいるのって寂しいなぁ。
今、私は昔住んでいた家で一人暮らしをしている。立海の近くにある、ブンちゃん家の隣の家で。それは氷帝学園高等部に通うようになってからも同じで、私はこの家で一人暮らしを続けていた。
だから、一人でいることにはもう慣れた。
慣れた、はずだったんだけど…。
ゴロロッ、と遠くから音が聞こえた。その音に、ビクッと肩が上下に動く。それから私は急いで自分の部屋に戻って、ベッドの中へ潜り込んだ。
そして目を閉じて、時間が過ぎるのをただただ待つ。そうしている間に思い出していたのは、昔の自分。
昔の私は、臆病な性格でよくいじめられていた。臆病な私がそれに抵抗できるわけもなく、ただただずっと泣き続けていた。だから私は、人付き合いが怖くなったの。そのせいでいつも一人で…。
ううん。一人じゃなかった。
私の隣には、いつもブンちゃんがいてくれたから。だから、寂しくなんてなかった。スーパーヒーローみたいにかっこいいブンちゃんが傍にいてくれたんだもん。まるで私まで無敵になった気さえしていた。
だけど、幼馴染のブンちゃんといつまでも一緒にいれるわけなく…。
いつかは、別れなくちゃいけないんだと思っていた。でも、あのクリスマスの日にブンちゃんが好きだって言ってくれて…。そして私も、ブンちゃんが好きだと言った。その日から私たちの関係が幼馴染から、恋人に変わったのです。
「…ブンちゃん」
だから、こんな日はブンちゃんに隣にいてほしい。
私のことを、一人にしないでほしい…。
スンッと鼻をすすったとき、ガラッと何かが開いた音がした。そして、ペタリという足音が聞こえる。
「だ、れ…?」
「んー?俺以外、誰がいるんだ?」
ファサと毛布が取り払われ、そして隣に潜り込んできたのはブンちゃんだった。
「ブンちゃん!?どうして?」
「どうしてって、名前は昔から雷が苦手だったろぃ?」
「そ、そうだけど…」
そう言って、ブンちゃんは優しく私のことを抱き寄せてくれた。そして、その両の手の平で私の耳を塞いでくれる。
ああ、そういえば昔もこうして雷が鳴るとブンちゃんが傍にいてくれたんだっけ…。そしてこうやって、私の耳を塞いでくれた。だから私は、雷が怖くなかったの。
しばらくして、雷が止んだのかブンちゃんがそっと手を離してくれた。
「もう止んだぜぃ」
「ありがとう、ブンちゃん」
髪を撫でながら、柔らかく微笑んでくれるブンちゃん。そのブンちゃんの笑顔があまりにもかっこ良くて、私は顔の中心に熱が集まったのが分かった。
「…ブンちゃんは、やっぱりスーパーヒーローだね」
「あー…スーパーヒーローってわけじゃねぇな」
「へ?」
「だって、俺が守ってやんのはお前だけだろ?スーパーヒーローみたいにこの世界の人類全てってわけじゃねぇよ」
うーん。ブンちゃんはそうやって言うけど、やっぱりブンちゃんは私にとってスーパーヒーローだよ。
だって、ブンちゃんがいなかったら私はずっと臆病者だったんだもん。だけど今は、立海大付属中学校のテニス部マネージャーを無事に成し遂げ、そして氷帝のみんなとも仲直りして氷帝学園高等部のテニス部マネージャーになった。
そのどれもはきっと、ブンちゃんがいなかったら叶わなかったもの。
ブンちゃんが隣にいてくれて、いつも私の背中を押してくれたから前に進んでいけたんだよ。きっと、ブンちゃんは気づいていないだけで私以外の人の背中も押してきていると思う。そう思うのは、ブンちゃんが優しい人だから。
優しい、ヒーローだから。
そうやって、思っていることを全部ブンちゃんに話した。その間、ブンちゃんはただ黙って聞いて私の髪を撫でてくれていた。そして私の話が終わった後、柔らかく弧を描いた唇をそっと開く。
「俺は、好きな女以外に優しくする気はねーよ」
「…またそんなこと言う」
「もし、俺がスーパーヒーローならお前専属のヒーローだな」
そう言って、ブンちゃんは私のおでこにキスを落とした。それがなんだかくすぐったくて身をよじれば、降ってきたのはキスの雨。
おでこに、頬に、鼻に、唇に。止むことのないキスの雨が降ってきた。
「んっ…それに、普通のヒーローはこんなことしねーだろぃ?」
「ふふっ。女の子の部屋にベランダ伝いに忍び込んでベッドに潜り込むヒーローなんて、ブンちゃんだけかも」
「ははっ、生意気なこと言う口はこの口か?」
「んむっ」
ブンちゃんに下唇を噛まれて、びっくりして目を見開く。それでもそんな私なんておかまいなしにブンちゃんは下唇をペロリと舐めた。
そして、私の口が開いたままのをいいことにそこにそっと舌を入れる。そうすれば、私の舌はブンちゃんに絡めとられてしまって、もうただされるがままにになってしまった。
そのキスが終わったのは、どちらのものか分からない唾液が私の頬を伝ったとき。それをブンちゃんが舌先で綺麗に舐めとって、そのまま私の首筋に舌を這わせた。
「ブ、ブンちゃん…!?」
「なぁ、いいだろぃ?」
「でも…」
「どうせ今夜は、一人じゃ寝れないくせに」
「うぅ…。意地悪…」
私がそう言うと、ブンちゃんは笑いながら私を押し倒すようにして覆いかぶさった。
不思議、だなぁ。今の私の耳にはもう雨の音すら届かない。届くのは、ブンちゃんの甘い息遣いだけ。まるで、この世界にはブンちゃん以外何もいないみたい。
そっか…。だからきっと、私はブンちゃんのいない世界では生きられない。私はきっと、この世界にブンちゃんがいてくれるから生きていけるんだ…。
そう思った私は、それをブンちゃんに言葉で伝える代わりに、彼のことを強くつよく抱きしめた。
2015/08/11