:: 3周年 | ナノ


※「目を隠した臆病者と」の落ちがもしも跡部景吾だったらのお話です。


あいつと初めて出逢ったのは、中学一年生の春のことだった。
偶然が積み重なって生まれたあいつとの出逢い。

偶然同じクラスになって、偶然隣の席になって…。そしてその頃、氷帝のテニス部には偶然マネージャーがいなかった。だから俺は、隣の席になったあいつに声をかけたんだ。

俺たちのマネージャーになれ、と。

最初は、役に立たない女に声をかけてしまったと後悔したもんだ。常にビクビクと周りを気にしていて、自分の意思をはっきりと口にしない女。それが、名字名前だった。だが…。

役に立たない女だったはずの名前が、いつの間にか俺たち氷帝テニス部にとってなくてはならない存在になっていた。そしてそれは、テニス部だけでなく俺自身にとっても。
名前は、臆病な女だ。だからこそ、常に周りを気にして行動している。それだからだろう。あいつは、部員たちの細やかな変化にもすぐに気がついた。200人の部員がいる中で、俺でも気づけない変化に気づくことのできる名前。

だから彼女のサポートは、俺たちにとってなくてはならないものとなった。
そして、誰にでもその優しさ与えることを厭わない彼女に惹かれた。

気づいたら、好きになっていたんだ。

あの優しい笑顔が、俺だけのものになればいい。そう、思った。

だが、あの事件のせいで名前は立海に転校し、俺の手の届かないところに行ってしまった。そして、一度は想いを伝えたものの断られてしまった。
だが、高校生になり名前が氷帝に戻ってきた。そのときに、これが最後だと思い俺は想いを告げた。

そして、名前は…。

「名前、終わったか?」
「うん!ちょうどいま終わったとこ」

ここは、氷帝学園高等部にあるテニス部の部室。そして今、ここにいるのは部長である俺とマネージャーの名前だけだった。

俺は部長の仕事、そして彼女はマネージャーの仕事があったため、部活が終わった後もこうして部室に残っていた。その仕事もようやく終わり、名前に声をかければ彼女も同じタイミングで仕事を終わらせていた。

「それにしても、高校生になってみんなさらにパワーアップしたね。中学生のころとは、全然違う」
「あーん?当たり前だろ」
「ふふっ。そうだけど、みんなの成長をこうして見守ることができて嬉しいの」

そう言って、優しい笑みを浮かべた名前。そんな彼女を見て、中学生のときから変わったのは俺たちだけじゃないと思った。

名前も、だ。こいつも、中学生のころと比べれたら変わったのだろう。

中学生のころのようにビクビクと震えなくなったし、ちゃんと自分の思っていることを口にするようになった。それに…綺麗に、なった。

美しく柔らかな髪、こっちが心配になるくらい細く白い手足、微笑むたびに綺麗な弧を描く唇。中学生のころのあいつは、可愛いという印象だけだった。だが、高校生になったあいつは可愛い、というよりも綺麗という言葉の方が似合うようになった。

それなのに、警戒心や人を疑う心は相変わらず皆無のようだ。

だから俺は、いつも心配ばかりしてしまう。
こいつが、他の男に取られないかと。

もちろん、そうならない自信はある。あいつが俺の隣からいなくなるわけがない、と思っている。それでも、過去の経験が俺に僅かな不安を与える。

「? 難しい顔して、どうしたの?」
「…別に」

それなのに、名前はいつも俺の隣でへらへらと笑っていやがるし…。

「…名前、ちょっとこっちに来い」
「へ?う、うん」

そう言って、名前を俺が座っているソファの隣に招く。そうすれば、彼女は少し遠慮がちに俺の隣に座った。

その少し開いた距離になんだか腹が立って、俺は名前の腕を掴んで自分の方へと引き寄せた。ったく、今だったら誰もいないんだから、これくらいの距離でもどうってことないだろう?

「け、景吾…!」
「今は俺とお前だけなんだから…いいだろ?」
「っ…!う、うん」

頬を赤く染めながら、下を俯いた名前。こいつのこういう表情が見られるのは俺様だけの特権だと思うと、口元が少しだけ緩くなってしまう。

だって、まだ慣れていないんだ。
親友という関係から、恋人という関係になったことに。

俺が名前にもう一度想いを告げたとき、彼女はそれを受け入れてくれた。だからこそ、今こうして俺たちの関係に恋人という名前がついて隣にいることができる。

それなのにこいつは何を意地になっているのか、他人の目があるところでは必要以上に俺に近づこうとしない。

俺はいつだって、名前を傍に感じていたいのに…。
なんて、余裕がないからそう思うだけなのかもな。

「…やっぱり、もう少しこっちに来い」
「もう少しって、これ以上どうやって…」
「だから、こうしろって言ってんだよ」

そう言いながら、俺は名前のことを自分の膝の上に乗せた。そうすれば、彼女の頬はますます赤く染まる。

そんなこともおかまいなしに、俺は出来る限りの優しい力で彼女のことを抱きしめた。そうすれば、耳にかかる彼女の吐息。それがくすぐったくて身をよじれば、なぜか彼女はため息をついた。

「はぁー…景吾はずるい」
「あーん?何がだよ」
「そうやって、いつも余裕たっぷりなんだもん」
「はぁ?」
「私だけが余裕ないみたいで、なんか嫌…」

それを聞いた俺は、名前を抱きしめていた力を少しだけ緩めて身体を離す。そうすれば、視界に入ったのは伏目がちのままこちらを見ようとしない名前の顔。

ったく、どうしてお前の目には俺が余裕そうに見えるんだか…。

俺だって、お前に関してはいつも余裕がないんだ。他のことは完璧にこなせても、お前のこととなると話は別だ。お前に関してはなんと言うか…本気になりすぎちまって、気持ちがから回るというか…。とにかく、俺にとってお前は特別なんだよ。

「…余裕がないのは、俺の方だ」
「うそ…」
「嘘じゃねぇ。…なんなら、確かめてみるか?」

そう言って、俺は名前の手の平を自分の左胸へ持っていく。そうすれば、名前は少しだけ目を見開いて俺の方を見た。

「…私のより、早い」
「だから言っただろ。嘘じゃねぇって」
「ふふっ。そうだね」

なんだよ…。急に余裕そうにしてんじゃねぇか。こっちは、鼓動が早すぎるあまり息もできなくなりそうなのに。

ったく、面白くねぇ。

だから俺は、名前の頭を撫でるように触りながら後頭部の方へ手の平を回した。そして自分の顔の方へ引き寄せる。それから重なり合った、二人の唇。
突然のことに、名前は目を開いたまま上手く対応できていないようだった。その顔をじっくり見つめながら、俺は何度もキスをする。

お互い見つめあいながらキスを続ければ、徐々に余裕のない顔が現れる。きっと、こんな表情はこいつ以外には見せれないだろうな。

「っ、はぁ…。覚えとけよ、お前はこの跡部景吾が惚れた女だ」
「う、うん」
「俺をこんな表情にさせるのは、この世でお前だけだ」
「私だって…。景吾だけだよ」

ほらまた、お前はそうやって俺の余裕を奪っていく。きっとこの先も、お前に敵うことはないんだろうな。

それでも、いい。それと同じくらい、俺もお前から余裕を奪っていくから。

だから、覚悟しておけよ?
俺はもう、一生お前のことを離さねーんだから…。


2015/08/09

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