:: 3周年 | ナノ


忘れられない出会いのある春を迎えて、仲間たちと駆け抜ける夏が終わる。そして少し大人になる秋が過ぎ、迫りゆく別れに寂しさを感じる冬がくる。

春夏秋冬。四季折々。
それらはどれも美しく、そして虚しい。

その季節の流れに身をゆだねる俺らは、果たして美しいのか。それとも、虚しいのか。

それはきっと、俺たち人間には知ることのできない領域なのだろう。それを知るのは、夜空に浮かぶ星たちのみ。星の輝きだけが、それを教えてくれる。だけど、人間はそれに気づけない。

だから、知ることができない…。

だけど、彼女ならきっと知っているだろう。
ただ見守るだけ、そう決めた彼女なら。

「…こんばんは、四季」
「…やぁ」

星々の光が洪水のようにして降り注ぐ屋上庭園。ここには今、俺と名前しかいない。

俺たちは何も、待ち合わせをしてここに集まったわけではない。それでも、何か思うことがあったときに惹かれるようにしてここに集う。

今日も、お互いに惹かれるものがあってここに来た。

「…今日は、どうしたの?」
「…別にどうしたってわけじゃないけど、四季に会いたいなぁって」
「そう…」

そう言いながら、俺が腰掛けていたベンチに座る名前。そして何を話すわけでもなく、静かに星空を見上げた。

二人の間にあるものは、沈黙だけ。それでも、それは気まずいものではなく心地の良いもの。

こうして心地良い沈黙の中にいると、星々の声が聴こえてくる。それは、きらきらとした囁き。何を言っているかは分からないけど、きっと俺たちに優しく語りかけてくれているんだと思う。

それはまるで、母親が眠りにつく前の子どもに物語を語って聞かせるときのような、好きな人に愛を囁くときのような、そんな優しいもの。

「また、星の声を聴いているの?」
「うん…」
「何て言ってる?」
「分からない…。けど、」
「けど?」
「どことなく、あんたの声に似ている」

そう言って俺が笑えば、名前の微笑みを向けてくれた。

彼女の声は、とても優しい。その優しい声から紡ぎだされる言葉は、心を癒し、そして温めてくれる。だから、星月学園の生徒や教職員たちは疲れきってしまった心を癒すために、彼女の元を訪れるのだ。

みんなみんな、日々の生活で経験する悲しみや苦しみで疲れてしまう。その一つひとつは些細なことかもしれないけど、それらが集まれば収集のつかないものになってしまう。

彼女は、それが見ていられないのだと言う。
だからいつも、誰かの止まり木になろうとする。

それゆえに、みんなは彼女という木に休息を求めて止まる小鳥なのだ。

「…今日もまた、誰かの止まり木になったの?」
「うーん。そう、なれていたらいいんだけど」
「名前なら…大丈夫」
「ふふっ。ありがとう」

その大丈夫という言葉が、名前に重く圧し掛かっていなければいいのだけど…。

彼女は、まるでこの学園を見守る女神様のようだ。それはきっと、彼女が見守るということに徹しているからだろう。

ただ、見守るだけ。
それは、簡単なようでいて難しい。

見守る、っていうのはただその人のことを見ていればいいだけでない。その人の些細な変化や気持ちの揺らぎに気づいてあげなければならないから。それに気づけるようになるためには、普段生活する以上に精神力のいることだろう。

そんな精神力、並大抵の人間には無理だろう。

それができる彼女は、きっと誰よりも辛い経験を乗り越えている。辛い経験をした人間ほど、誰かの辛い、悲しい、という感情に共感できるから。

だけどそれは、見守られる人間側にしかメリットのないことだ。見守る側の人間にとっては、ただ悲しい気持ちを思い出させるものなのかもしれない。

「…やっぱり、四季といると落ち着くなぁ」
「…俺は、名前の止まり木?」
「そうね…」

それ以上、名前は何も言わなかった。きっとそれは、彼女の止まり木に俺がなれていないからだろう。

誰かにとって誰かが止まり木であるように、苦しいときや悲しいときによりかかれる人が誰にでもいるはずだ。だけど、彼女にはいない。いない、というよりは失ってしまったと言った方が正しいのか。

だから、いつか俺がなりたい。
彼女の止まり木に。

春、夏、秋、冬。流れゆく四季をずっと彼女の隣で見守ってきた。俺は、この星月学園で流れゆく四季を見守るのが役目だから。

星詠みの力で視えた未来、視えなくなってしまった未来。

未来が視えなくなる前までは、俺はこの力で未来を予知することが怖かった。自分が死ぬそのときまで知ってしまうのは、あまり嬉しいことではないから。それなのに、未来が視えなくなった途端に俺は怖くなった。

自分の予想できないことが起こる。
自分の知らない日々が訪れる。

人々にとってそれは当たり前のことかもしれないけど。俺には当たり前じゃなかったから。

よく分からない出来事が襲い来る日々は、俺にとって恐怖そのものだ。その恐怖は、耐えられるものじゃない。むしろ、逃げ出したいものだ。だから俺は、目を閉じる。もう何も、視たくないから…。

そして俺は、逃げ出した。その逃げ出した先にいたのが、名前だった。

「…あんたは、いつもそうだ」
「え…?」
「あんたのことを守りたいって人はたくさんいるのに、あんたはそれを許してくれない」
「………。」

俺が逃げ出したときも、止まり木になってくれたのは名前だった。

そうやって彼女は、たくさんの人の止まり木になっている。それなのに彼女は、誰かが彼女の止まり木になろうとしてもそれを許してくれない。

彼女に惹かれ、そして彼女のことを守りたいと思う人は多くいるだろう。この学園にいるみんな、彼女のことが好きなのだから。

それでもきっと、彼女は誰からの好意も受け取らない。

誰かに好きだと言われても、いつものようにあの微笑みを浮かべてその言葉を上手く交わすだけだ。

「…名前。俺は名前のことが好きだよ」
「四季…」
「あんたが俺の想いに応えてくれないとしても、ずっと好きだ」

いつもの微笑が崩れ、動揺をみせる名前。そんな彼女の表情を見るのは初めてで、心臓がドクンと脈を大きく打つ。

「…だめよ、四季」
「どうして…」
「いつか、あなたもこの学園から巣立ってゆく。そのとき、私は貴方の背中を見送ることしかできない。…隣を歩くことなんて、できないの」
「っ…分からないよ…俺には、難しくて…」
「…ごめんなさい」

俯いて涙を流す俺を、そっと名前が抱きしめる。その温もりがあまりにも優しくて、俺はさらに涙を流した。

きっと、俺がどれだけ涙を流しても彼女は何も応えてくれないのだろう。ただ俺を慰めるだけで、それ以上のことは何もしてくれない。それだから、俺は彼女の止まり木になることができない。

それでも、それでもー…。

俺は、名前のことが好きだ。

そしてその日、俺は彼女のためだけに涙を流した。
誰かを想って流す、温かい涙を。


2015/07/19

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