:: 3周年 | ナノ


昔から、団体競技はあまり好きじゃなかった。

勝利を掴むために、俺一人がどれだけ努力しても無駄だからだ。俺一人が努力をしたところで、チーム全体が努力をしなければ勝つことはできないのだ。

だから俺は、星月学園に入学したと同時に団体競技からは離れた。そして、選んだのが弓道部だった。

俺の持つ印象としては、弓道部は個人競技だった。静寂の中、一人でただ黙々と弓を引く。それはきっと、孤独との戦いだ。そう、思っていた。そう思っていたのに、実際は俺の持つ印象と大きく違っていた。

弓道は、団体競技だ。

もちろん、弓道は個人の部と団体の部でそれぞれ試合があるから、個人競技とも言える。だが、星月学園弓道部に入ってから意識が変わった。

仲間たちと共に切磋琢磨して、お互いの技術を上げていく。
仲間がいるからこそ、どこまでも頑張れる。

仲間。

俺が弓道部に入部して得たもの。
それは、かげがえのない仲間たちだった。

一生のうちに、出会えるか出会えないか分からない仲間たち。そんな仲間たちと出会えた俺は、幸運なのだろう。

しかし、出会いもあれば別れもある。かげがえのない仲間たちとは、いつまでも一緒にいられない。時の流れが、それを許さないからだ。だからこそ、仲間と別れた後の喪失感は計り知れないものなのかもしれない…。

夏が終わり、弓道部を引退してから数ヶ月。
季節は冬を向かえ、星月学園は雪に覆われていた。

そんな冬の日。俺は普段よりも早く目覚めてしまい、手持ち無沙汰なままに一人学園までの道を歩く。

サクサク、サクサク。
雪の踏む音が、静寂の中に溶け込んでいく。

まだ朝早いからだろう。学園に向かう生徒の影は一つもなく、雲間からほのかに差し込む太陽の光は、俺の影だけを生み出していた。

…寒い。だが、嫌な寒さじゃない。身体の中が浄化されるような、すっきりとした寒さだ。その寒さを感じながら弓道部の道場前を通ったとき、偶然にも彼女をみかけた。

「あら?」
「っ…。おはようございます…」

俺が少しだけ会釈をすれば、彼女はヒラヒラと手を振ってくれた。

「宮地くん、朝早いのね」
「目が覚めてしまって…それで」

道場の前にいた女性。それは、いつも購買部でレジ打ちをしている名字さんだった。

彼女は防寒具をその身にしっかりと纏い、そして手には雪かきのときに使う除雪機を持っている。彼女の後ろの方に目をやってみれば、雪が綺麗になくなり道ができていた。きっと、学園からここまで彼女が一人で雪をかいてきたのだろう。

「いつも一人で雪かきをしているんですか?」
「ううん。いつもは他の先生たちも一緒に。だけど、私も目が覚めちゃって」

つまり彼女は、俺と同じように手持ち無沙汰だったのだろう。そこで、雪かきでもすることにしたってところか…。

「だけど、少し休憩。流石に一人じゃ疲れちゃった」
「それじゃあ、一緒に校舎に戻りませんか?」

俺がそう言うと、名字さんは頬を軽く緩ませて笑った。その頬が寒さのせいで少し赤くなっていて、どこか子どもみたいだった。

そして俺たちは、二人並んで校舎へと向かう。
そうして歩いている間に話すことは、もちろん弓道部のこと。

彼女は、弓道部が合宿に行くときや練習試合に行くときなどに、忙しい陽日先生に代わってよく引率をしてくれた。だからこそ、俺たちの共通の話題はいつも弓道部のことだった。

「最近、弓道部には顔を出しているんですか?」
「そうね。受験ジーズンになって直獅先生がますます忙しくなっちゃったから、顧問の仕事もいくつかお手伝いするようになったの」
「引率だけじゃないってことですか?」
「ええ。練習試合の相手校に交渉に行ったり、部費の管理とかね」

確かに、三年生は今受験シーズンだ。もちろん俺も例外ではなく、志望校へ合格するために日々勉強をしている。だからこそ、陽日先生の忙しさも少しは分かるつもりだ。

だが、俺から部長の任を引き継いだ小熊のためにも少しは弓道部に顔を出してほしいという思いは拭えない。それでも、俺たちには名字さんがいる。もし彼女がいなければ、俺は気が気じゃなかっただろう。

彼女がいてくれて、本当に良かった。

彼女なら、ちゃんと小熊や木ノ瀬のサポートをしてくれると知っていたから。だからこそ、俺は安心して受験勉強に集中できる。

「…ありがとうございます」
「ふふっ。どういたしまして」

そうこう話しているうちに、いつの間にか俺たちは校舎の前まで来ていた。

「ねぇ」
「はい?」
「ちょっと購買部に寄ってかない?」

名字さんにそう言われ、俺は購買部へ向かう彼女の後をついて歩く。

そして購買部に着いたとき、彼女は飲み物の売り場から温かい缶コーヒーを取り出して俺に差し出した。

「はい。私の奢り」
「いいんですか?」
「みんなには内緒よ」

受け取った缶コーヒーは少し熱くて、それでもかじかんだ手をじんわりと温めてくれた。

その温かさに、俺はホッと息をつく。そんな俺を見て、彼女はふんわりとした微笑みを向けてくれた。それを見て、俺の心も温かくなる。まるで、缶コーヒーによって温められた手の平のように。

「受験勉強は大変?」
「まぁ…だけど、弓道部で鍛えた精神力がありますから」

そう話して、俺は弓道部での思い出を振り返った。

どの思い出にも、必ず笑顔があったわけではない。誰かの悲しい顔や、涙する顔だってある。それでも、どの思い出も俺にとってはかけがえのないものだ。だけど、もうあの場所に戻ることはできない。

戻りたい、と思っても無理なんだ。

俺が今、弓道部の道場に行ったとしても、そこに俺が求める光景があるわけじゃない。もうそこに仲間たちはいないし、時の流れに逆らうこともできないから。

「…なんだか、不思議なの」
「何がですか?」
「道場に、宮地くんたちの姿がないのが」

そう、だな。俺も最初は不思議な感覚があった。放課後になっても、自分が道場に行かないことが。

それでも、その不思議な感覚にももう慣れてしまった。だが、名字さんはその不思議な感覚にまだ慣れないと言う。そのことに、俺は嬉しいと感じた。

きっとこの先、俺が弓道部に顔を出しても部員たちは俺のことを知らないという日がくるだろう。それでも、彼女がいてくれる。俺のことを知る、彼女が。

そうすれば、俺はいつでも思い出のあのときに戻れるだろう。
思い出を共有している人がいるのだから。

きっとこの先、俺は大学生になっても社会人になってもこの場所を忘れない。もう戻ることはない場所ではあるけれども、ふとしたときにこの場所を思い出す。そして、それと同時に思い出すんだ。

心温まる、彼女の笑顔をー…。


2015/07/18

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -