:: 3周年 | ナノ


星月学園に入学してから、僕が過ごしてきた日々。それはまるで、ピアノの音色のように優しい日々だった。

毎日誰かに名前を呼ばれ、そしてその笑顔に触れ。
心の中に、いつも温かいものがあった。

この学園に入学する前の僕は、きっとこんな日々を予想することができなかっただろう。名前で呼ばれることが、誰かに必要とされることが当たり前の日々を…。

だけどそれらは、あの人がいてくれたから…。
あの人がいてくれたおかげで、僕は笑うことができた。

あの逞しい背中に、僕だけでなくたくさんの人が導かれたのだろう。だけど、その背中はこの学園に背を向けて歩き始めてしまった。僕たちが知ることのできない、彼だけの未来に。

そして、今度は僕がその背中になることとなった。
この学園を導く、生徒会長という立場に。

最初は、その責任感の重さから逃げ出してしまいたかった。それに、僕があの人の代わりになれるわけがなかったから。だから、生徒会長に立候補しなかったのに…。

それでも今、僕はこうして星月学園の生徒会長としてこの場にいる。この学園にある生徒会室の、生徒会長の椅子に。今まであの人が使っていた椅子を、こうして僕が使っている…。

きっと、僕には似合わないだろう。

王様が座るようなこの椅子は、王の素質を持つ彼でこそ似合ったのだから。この不釣合いな格好が、きっと生徒達にとっては奇妙で、滑稽なものに見えるのかもしれない。そうなると分かっていたはずなのに、僕はー…。

僕はどうして、生徒会長になったのか。

そんな悩みを抱えながら、僕はこうして新年度を迎えた日々を送っていた。そして今、この生徒会室には誰もいない。月子さんと翼くんは、それぞれの用事があって今日は生徒会室に来ていないから。

そんな中、誰もいない生徒会室で僕はオリエンテーションキャンプについての書類をまとめていた。

オリエンテーションキャンプの仕事なら、一年生のときも二年生のときもしてきたから大丈夫だろうと高を括っていた。だけど、生徒会長という立場になって始めて分かった。あの人が…一樹会長が、一人でどれだけの仕事を抱えていたのかを。

一樹会長は、サボり癖があるようでやるときにはちゃんとやる人だ。それに、一度やる気になれば彼の集中力は侮れない。だけど、彼には短時間で裁ける仕事が、僕にはなかなかできなかった。

だからこうして、一人で仕事を片付け続けているのだけど…。どうしても、ふとしたときにフゥとため息が零れてしまう。

ここ数日、まともに寝ていないし…。
少し、休憩しましょうか。

そう、考えたときだった。コンコン、と生徒会室の扉を誰かがノックする音が聞こえた。

「はい」

僕が返事をすると、扉がゆっくりと開く。そして、その先にいたのは名前さんだった。

「こんにちは。お仕事中だったかしら?」
「ちょうど今、休憩しようかと思っていたところです」
「それなら良かった」

そう言って、彼女は扉を閉めて生徒会室に入った。そして、書類を何枚か僕の机に並べる。

それを見てみれば、購買部の予算やこれから入荷予定の商品のリストなどが掲載された書類だった。

「これ…!?」
「他にも作らなくちゃいけない書類があったから、ついでにね」

彼女から渡された書類は、本来なら生徒会が用意すべき書類だった。

購買に置いてほしい商品などのリクエストを生徒から受け、そしてそれをもとに書類を作成する。そしたらその書類を購買部の職員に提出し、それぞれ手配してもらうというのが今までのやり方だった。

それを、彼女がどうして…?いや、それくらい考えなくてもすぐに分かる。僕だとそこまで頭が回らなかったから、彼女が代わりにしてくれたのだろう。こういうとき、一樹会長だったら…。

全ての仕事を、完璧にこなせていたのではないか。

「すみません…。貴女の手を煩わせてしまって」
「いいのよ。暇だったし」
「それでも、すみません…」

僕が少し俯いて謝ると、彼女は自分の手の平をそっと僕の頭の上に置いた。そして、まるで子どもを慰めるときのようにゆっくりと頭を撫でる。

果たしてこれは、僕を元気付けてくれているのだろうか?それとも、生徒会長というまだ慣れない立場にいる僕を哀れんでいるのだろうか?ああ、こんなときでも僕は、人の好意を素直に受け取ることができないのですね…。

「僕は、だめですね…」
「え?」
「一樹会長のときと比べると、僕は全然です」
「どうしてそんなこと言うの?」

その言葉に僕が顔を上げると、彼女は眉を少しだけ吊り上げて怒っている。

まさか、いつも微笑みを絶やさない彼女から怒られるなんて思ってもみなかったから、少し驚いた。

それでもやはり、僕は自分のことを責めずにはいられない。
僕は、生徒会長にはふさわしくないから…。

生徒会長に立候補すると決めたとき、その不安は吹っ切れたと思っていた。だけど、いざなってみると予想していたのよりも全然違う。毎日がプレッシャーを抱えて、胃に穴が空きそうだ。

だからこそ、一樹会長とは比べずにいられない。

「僕は、元々生徒会長にふさわしい人間ではありません。どちらかと言えば、影の存在の方が似合うんです」
「それはつまり、生徒会長よりも副会長のままでいたかったってこと?」
「………。」

そう、なのかもしれない。きっとそれが、僕の正直な気持ちなのかもしれない。

副会長という立場ならば、このようなプレッシャーも受けなかっただろうし、自分の無力さに嘆くこともなかった。
こんな気持ちを抱くくらいなら、ここから逃げ出してしまいたい。そんな思いが、脳裏を過ぎった。

「…そう、ね。確かに、一樹に比べて颯斗くんは全然ダメよ」
「っ…!」

彼女にそう言われて、僕はすぐ後悔することとなる。自虐していたときよりも、さらに心が傷ついたから。

だけど、彼女は次の瞬間にはまた口を開いてこう言った。

「だって、貴方は人に頼ることを知らないんだもの」
「人に、頼るですか…?」
「一樹がいつも言ってたわ。颯斗くんや月子ちゃん、そして翼くんに頼れるからこそ、自分は生徒会長としてやっていけているんだって」
「そんな、でも…」

確かに、一樹会長ならそう言うかもしれない。僕たちがいてくれたおかげで…と。

そのとき、ふと僕は一樹会長のように周りを頼ることができているのかと疑問に思った。名前さんに言われた通り、僕は月子さんや翼くんを頼ることができていないんじゃないか…。

そういえば、目の前にある仕事を全て自分でこなそうとするのに必死になって、誰かと仕事を分担するということを忘れていたのかもしれない。

そう、だったんですね。僕はすっかり忘れていました。
この学園で得た、仲間たちの存在を。

「ふふっ。どうやら僕は、大切なものを見失っていたようです」
「思い出してくれて良かったわ」
「ありがとうございます。名前さんのおかげです」

僕がそう言うと、彼女はまた僕の頭を優しく撫でた。慣れないその行為に、僕はまた下を俯いてしまう。

だけど、落ち込んでいたさっきと違う。ただ、照れくさくて赤く染まってしまった顔を隠したかったから、僕は下を俯いたんだ。どうか、彼女にこの赤く染まった顔がバレませんように…。


2015/07/16

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