「なあ、なんでお前っていつもそんなに明るいの?」
俺は昔(と言っても数日前)そう彼に訊ねたことがある。


確かその日は台風が通り去った次の気が狂いそうになるくらい阿呆みたいな天気のいい日で、俺たちは噴水の前で溶けはじめていたアイスを口に運んでいた。

彼はゆったりと口を開ける。んー、と唸り声が聞こえた。


答えを待つ間にも俺はアイスを口に運ぶ。ソーダ味と書かれていたそれはとても綺麗な水色で透き通っていた。しかし、途端、べちゃりと音がして足元のアスファルトにその個体の欠片が落ちた。灼熱に侵された欠片はしゅわしゅわと溶けて、後にはほんの小さな水溜まりが残った。終わりとはこんなもんなんだろうな、とぼんやり思った。


すると先ほどから黙り唸りっぱなしだった彼はようやく何かを思い付いたようで、ぽん、と手を鳴らした。


「奥村くんは、死にたいと思ったこと、ある?」


予測とは大分ズレていたその答えに俺は口を閉じるのをすっかり忘れていた。ぽたぽたと口からアイスが垂れそうになるのを慌てて拭く。



「……は?」
「いや、せやからぁ」


死にたいと思ったことある?と彼は繰り返した。今回は先ほどよりもゆったりした口調だったので彼の言った言葉を理解することができた。それ故にわからなかった。


「…ないかもしんねぇ。多分、ねえよ、だって今、生きてるもん」


目の前に座る彼、志摩は、だからやな、と当然のように言った。


「一回、死を覚悟したから。せやから、明るいの」



わかってくれはった?
えへへ、と子供みたいに無邪気な笑顔を向けられるとそうなのかもしれないと納得しそうになる。果たしてそれは本心からなのかそれとも偽装なのか。俺にはよくわからないけど彼は死にたくなるような思いをした。確かに、したのだ。だから多少のことでは傷つかないし驚かない。愛されたい人。



「…なあ、手、貸せよ」


俺は彼の手首を持つとその手を引き寄せた。彼の着ている半袖のシャツから、容易に覗く左手首につけられているリストバンドを、ぐい、と引っ張り、外す。
真横に広がる紅い痕。
痛々しくも美しい痕。


「手首を切ったくらいじゃあ、人は死なねえんだな」
「そやなぁ」



ちゅ。
傷のうえに音を立てながら唇を押しあてた。
優しく吸い上げるようにして顔をあげると紅く丸い内出血が白い志摩の肌に刻まれた。



「残るなら、こっちのほうが、いいのにな」
(死にたがってた頃のことなんか、早く忘れてしまえばいいのに)



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