きょうこさんが、と彼女の唇が形作るその言葉に、俺はどうしようもないほど胸を痛める。四年前から感じはじめたちくりとした痛みは、いつからか次第に心臓を刃でえぐるような痛みに変わった。しかし彼女が店長を呼ばない日などないので、俺の心臓は一日たりとも癒えたことはない。




がちゃ、ばたん。
ため息をひとつ漏らすも、それは静かで冷たい無人の部屋に溶けて消えた。ふらふらと廊下を歩き部屋の扉を開け寒々しい部屋の隅に置いてあるベッドに身体を沈ませた。ぼふん。今日は無性に疲れた。仕事にも身が入らなかった。皿を割り指を切り、世話焼きな轟はじめ種島も相馬も、あろうことか山田にすら真面目に心配されてしまった。ぼーっとした脳のまま、四肢を放り出しているこの行為が逆に疲れを溜めているような気すらする。
こんなとき脳裏に浮かぶのはいつも轟だ。いつまでこんな関係なのだろう、と何度も思った。思ったのに、何度も先伸ばしにしてきたのも、ちょっとのことじゃ変化の起きない関係にしたのも自分だ。嫌われたくなくて臆病になって、割れ物を扱うみたいに優しく、いい人を演じてきたのも自分なのだ。接点が欲しかった、会話をしたくてひたすらバイトにも出た。それで四年。あまりにも早く、

振れた自分の左手、人差し指に巻かれたかわいらしいくまの絆創膏に目が止まる。切った際、放っとけば治ると言う俺に彼女が貼ってくれたものだった。自分が怪我をしたわけではないのに、佐藤くんはどうしてそう自分を大事にしないの、と目にうっすらと涙を浮かべていた。


付き合えたらいいと思う。いままで知らなかった部分を知れたら、聞けたら、彼女に愛してもらえたらとてもしあわせだと思うのだ。ただ今の自分なんかを彼女が愛してくれるとは思わなかった。もしかしたら、これからだって彼女は一生俺なんかを見ないかもしれない。そんなことさえ考えてしまう、なのに、それでも彼女を想いつづけている俺は、いったいなんなのだろうか。俺は、


ふと、もう慣れたはずの、身体中にべっとりとついた食べ物の臭いに不快感がした。






「さとーくん!」

翌日のバイトで彼女は顔が合ったとたん、ぱっと駆け寄ってきて昨日の傷は大丈夫?心配してたの、佐藤くん元気なさそうだったから、と申し訳なさそうに言った。大丈夫だと返事をすると、彼女はよかったと笑う。四年前から変わらない笑顔。
おちつく。
けれどそれは同時に俺を傷つける道具にもなるのを彼女は知らない。


「ねえ、佐藤くん」
「なんだ?」

ぐちゃり。昨日ごみ箱に捨てた優しい絆創膏を思いながら、刃を回転させるように心臓をえぐる声に今日も俺は耳を傾ける。


(愛してるから愛してほしいは子どもの理屈)



- ナノ -