扇情
ぺろり。
口から覗く紅い舌が汚れた唇と指先を舐めあげる。
「どう?美味しいでしょ?」
「ええ」
目の前のテーブルの上にはチョコレートの茶色が広がっている。彼女は箱に入っている最後のチョコトリュフを摘み上げ、口に抛った。べちゃりと潰れる音がする。連想したのは内臓だった。俺は持っているフォークを皿の上にあるフォンダンショコラに勢いよく刺し込んだ。でろりと流れるチョコレート。血だ。
「珍しいわね、貴方がこんなにチョコレートを買い込んでくるなんて」
「たまには食べたいなって思ってさあ。デパートのチョコレート扱ってる店全部廻っちゃったよ。やっぱ定期的に甘いものとらないとね」
「それにしても買いすぎよ」
サクッと音がして彼女がザッハトルテにフォークを刺した。口に頬張ったクッキーはバキンと音をたてて割れる。全て飲み込む前に生チョコも口に抛り込むとチョコレートの味が口の中に広がった。
「あ、これ美味しい」
「ほんと?一口頂戴、波江」
「いやよ」
そう言いながらも突き出されたフォークの上には一口分のトルテが乗っている。
ぱくん。あ、ほんとだ、美味しい。
テーブルの上のチョコレート菓子はまだまだ無くなる気配はない。さすがに買いすぎたかもしれないなあ、なんて思い始める。時刻はもうすぐ午前2時を廻る頃だ。夜中に菓子を食べるのは、幼い頃、双子とこっそり冷蔵庫にあるアイスクリームを食べたあの感覚に似ている。
トルテはもう食べ終わってしまったのだろうか。
新しく、彼女はトリュフの入っている箱を開け、しなやかに白い指でそれを摘み上げる。ぱらぱらと付着していた粉がテーブルに、彼女の服の上に、床に落ちた。ゆっくりとそれは口の中に消える。べちゃり。
「波江さぁ・・・」
なによ、と言いながらまた舌で唇を舐める。その紅すぎる舌はひどく官能的で、その仕草はあまりにも艶やかだった。
どくり。心臓が高鳴る音。ああ、やだなあ。欲情しちゃって、もう。勘弁してくれ。
(波江さ、エロすぎ)
(はあ?)