四月馬鹿。
「すきです」
相変わらず気障な奴だと思う。
彼はふざけていて大人で嘘吐きな子供だ。
というより、子供がそのまま大人になったような奴なのだ。それなのに人間の汚い部分も世界の醜い部分も理解している。だからきっとこんなにも不快なのだ。
「なに?」
「だから、君がすきなんだって」
「それで?」
「結婚しようよ」
一瞬、頭が理解することを止めた。全ての動きが停止する。エラー信号。もしこれが漫画であればきっと私の頭の中にはクエスチョンマークが散乱していることだろう。いや、現実にそうかもしれない。
何と言った、この男は。
私の頭が物事と状況を整理する前に、私の頭の中を察したのであろう彼が口を開く。
「本気だよ」
その笑みは普段の彼のそれとは聊か違うものだった。あの、余裕をもった厭味ったらしい笑みではなく、どこか寂しげで、というか見たことの無い、素直な笑みだった。素顔だった。
「すきなんだ」
こんなふうに笑いかけられても困る。
私は彼を慕うような人間ではないし、彼を信仰しているような少女達なわけでもない。
彼のこんな素直で素顔な笑みが、どれほどの価値があるかなんて私にはわからない。わかるはずが、ない。
「なみえ」
だから、そんな甘く哀しげな声で名前を呼ばれてもなんとも思わない。思えない。思ってはいけない。
ふわりと包まれた感覚。ああ、何度目の彼の腕の中なのだろう。耳元でもう一度名前を囁かれる。「なみえ」「なみえ」優しくて不器用な声だ。かすかに震えていた。
彼の肩越しに見えたカレンダーは今日の日付をあらわしていた。
ああ、そういうことか。なんだ、馬鹿みたいだ。
「ねえ」
「嘘じゃないよ」
私の言葉よりも先に彼の言葉が発せられた。本気なんだよ、とまた彼はつぶやき私の胸に顔を埋める。
私たちはあまり慎重差のないため、正直言うと胸というより肩だったけど。
「すき、なの、すきなんだよ、なみえ」
ぐるぐると頭の中をまわる言葉。やめてと吐こうとしたの喉は掠れてしまって何もいえなかった。気づけば唇も乾いている。
彼の腕の中はとても暖かくて甘くて、彼の匂いがして、心地がよくて、溺れてしまいそうになる。でも、いけないのだ。私達はこうではいけないのだ。彼が好きのは人間であり私ではないし、私が好きなのは彼ではなく誠二なのだから。
「もう、やめてよ」
これ以上私をわけのわからない感情の中に溺れさせないで欲しい。
だから、嫌いなのだ。