緩やかに死んでいくのかもしれないなあ。

水が蛇口をひねり溢れるように。それがさらさらと流れるように、わたしは死んでいくのかもしれない。




今のわたしはきっと、膝を抱え、泣きそうな声と泣きそうな顔をしているのだろう。わたしは燐に聞いた。


わたし死ぬのかなあ。


燐は答えなかった。ただ手を洗っていた。嫌なことがあったらしい。

燐は嫌なことがあると手を洗う。それはずっと傍にいて最近気づいたことのひとつ。


燐は十分でも三十分でも一時間でも手を洗う。細菌とバイ菌とその他表皮に巣食うウィルスと垢を洗い流したその先の、嫌なことを洗い流すために手を洗う。手を洗い続ける。



今日は今までで一番長く手を洗っていた。二時間四十分。そろそろ飽きないのだろうか。赤く腫れた指は痛くはなかろうか、悴んではなかろうか。燐は料理人なんだから、もっと手を大切にして。ねえ、ねえ燐。



「わたし、死ぬのかなあ」




腕と足をガムテープでぐるぐるに巻かれバスタブに投げ捨てられてから二時間五十二分。栓がされ冷水が注がれその水位が徐々に増していく。口と鼻が塞がれたら、溺死だ。
燐はまだ手を洗っている。



「死ぬのかな」



あなたの側で、あなたの清潔なる掌の側で。


ありがとう、ありがとう、大好きでした、さようなら、お元気で、また会いましょう