ごめんなあ、と小さく小さく彼は呟いた。
普段とは違い、力のない弱々しい声だったので私は少し驚いた。
哀しんでいるのか。
憐れんでいるのか。
なにを今更、と一瞥してやると、彼は、あははと乾いた声で笑う。
大きくてごつごつしていて優しいてのひらが私の頭を撫でた。
白い自分の髪がさらりと彼の指の間を流れていく。綺麗やなあと彼が言ったがそれすら聞き慣れてしまった私は口を開くのが面倒だったので無視した。
手を伸ばす。
少し硬くて短い彼の髪を撫でる。
彼の手が頬に移動する。
私の手が頬に移動する。
「ごめんなあ」
「もう、それ、言い合うんはナシやって言うたはずや」
そやったな。
にへらと笑う彼はとても儚くて消えてしまいそうだったので、私はたまらず彼の首もとに腕をまわした。身体が重なる。ここまで密着したのははじめてだったのでほんのすこしだけその体格差に驚いた。なんだか今日は驚くことがたくさんある。
「蝮、」
腰に腕がまわされる。ぎゅう。籠められるちから。割れ物を扱うみたいな優しい抱き締め方。
細いなあ。そんなことない。いや、細い。
折れてしまいそやわ、と鉄板月並み在り来たりな馬鹿馬鹿しい彼の言葉すら今の私には心地よくて耳の奥にじんと響いた。
身体を離す。
ふたりぶんの体温。
無言。
顔を見合せ、近づける。
重なる唇。
しずかなるリップ音。
ぽたり。
私の頬を伝いこぼれる透明な雫に彼は一瞬驚いたようにその垂れ目を見開いて、それからやさしく笑い、私の涙を拭った。
「好きや、」
恋をした。
幼馴染みに。
優しい人だった。
大切だった。
仲が悪かった。
でも好きだった。
昔から。
いつからか愛していた。
今でも。
「後悔してへんか?」
「してへんよ」
「よかった」
ふたりで笑う。そのままもう一度キスをした。涙が溢れた。ぽたりぽたりぽたり。今度はふたりぶん。彼も泣いていた。彼の唇が離れる。瞼、頬、唇、鎖骨。なぞるすべてを愛しいと思った。
恋をした。
幼馴染みに。
優しい人だった。
大切だった。
仲が悪かった。
でも好きだった。
昔から。
いつからか愛していた。
今でも。
彼以外の人は考えられなかった。
彼に愛してもらえた。
彼の手をとった。
すべてからの逃避行だった。
私たちに必要なのは私たちふたりだけの世界だった。
「蝮」
首筋にあてられた銀色に光るそれに恐怖もなにも持ち合わせていない私は顔をあげる。
「柔造、」
握るナイフに力を籠めた。刃が肉に食い込む感触、ぷつぷつと吹き出る赤く丸い液体、死への階段、よろこび、愛しいあなたとふたりきり、目を閉じた、大丈夫、怖くはない。
繋ぐ手も交わす愛の言葉も熱いキスも溺れるようなセックスもあなたとだけで十分なのだから。
きみを最期のひとにしたい