こわいね、こわい




俺は、彼女を愛してる。

不器用で、儚げで、強く優しく、美しい彼女を愛していたからこそ、


「俺は彼女を殺そうとした。」



彼はそう言うと涙に濡れた目を伏せ、そして静かに深呼吸を一回すると薄汚れた机に手を置いた。彼の右手には彼女と同じ醜い切り傷。そして彼は話し始める。



「俺は彼女を刺して後悔はしていない。」



彼は虚ろな瞳で自分の傷を見た。

醜く汚い傷痕が生々しくその白い腕に蔓延っている。愛しそうに、まるで彼女と同じ醜い傷があることに喜びを感じるようにそれを撫でてから、彼はまた口を開いた。


「彼女は、世界に、自分自身に人間に絶望していたんだ。」


彼は眉をしかめながら何かを嘲笑い、ぎゅっと手を握りしめた。手の平に爪が食い込み血が滴る事をも気にしない。


「彼女がね、俺に助けを求めたんだ。殺して、私を殺してって。まあ、彼女自体汚れてもいたし決して綺麗な瞳していたわけでもないんだけどね、何時もより仄かに暗く虚ろな瞳で、手首からは血が滴り落ちてて、普段見る彼女とは、ていうかあの日まで見ていた彼女とは比べ物にならないくらい違ったんだよ。でも、俺は嬉しかったんだ。普段見る彼女とは違う彼女を見れて、彼女が俺を求めてくれたから。本当に嬉しかったんだ。だけどその反面、悲しかったし、困惑した。」


彼が目を閉じる。

ほろり、と一筋の涙が彼の頬を伝い零れ落ちた。
彼は彼女を刺してから何度涙を流したのだろうか。



「俺は、彼女が苦しんでいたから殺そうとした。悲しんでいたから殺そうとした。嘆いていたから殺そうとした。愛している彼女を殺そうとするのには迷いがあったけれど、頬を涙で濡らして俺に手をのばす彼女を、俺は拒めなかった。いや、俺が彼女を拒まなかった。ひどく愛しくみえた。俺には“イエス”か“ノー”かで選択肢があり、俺は“イエス”を取ったから、俺が彼女を殺す事を選択したから、彼女を殺したんだ。彼女は不器用だった。生きるのに失敗したって泣いてた、だから殺した。俺は彼女を愛しているからこそ、殺そうと思ったんだ。―――まあ、結局は、失敗したけれど、ね。」




それは紛れも無い真実の愛だった。


彼はただ真っ直ぐに愛していた。
そこに歪んだ感情などなかった。
自分を頼った非力な彼女を。
彼は彼女が愛おしかった故に。
彼女の殺してと言う願いを叶えようとしたのだ。


彼の全ての人生をかけてでも。



「だけど、俺は彼女を殺す事に失敗した。彼女が最後に俺に向かって呟いたありがとう≠ヘ何だったのか。彼女の願いを叶えられなかった俺は、彼女にとって必要ない存在ではないのか。けれど、彼女は、波江は俺に手紙を残していたんだ。もし、私を殺すことが失敗しても私は貴方を恨みません。貴方は私を殺そうとしてくれた、貴方は私にとっての正義です=\―ってね。彼女は俺に書き残してくれたんだ。」


彼は左手に握っていた紙をちらりと見ると僅かに微笑した。自分自身を嘲笑うかのように。


彼は静かに呟いた。




「世界では俺は悪だ。けれど彼女にとって僕は正義だった。だから俺は愛しているあの子の正義なら、世界を敵に回したって構わない。」


そして彼は語り終わると静かに目を閉じた。




好きだから怖いのか、怖いからすきなのか



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